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『蒼球のフレニール』
アリル・ラルトのプライベートテイル7

 ……『たどりついたとき
 魔女はひとりになっていました。
 みんなをどこにおいてきたのか
 魔女も憶えていませんでした。
 どうせ二度とあうこともなかったからです。
 魔女は小さな箱を手にすると
 うれしそうに頬ずりしました。
 「あなたは約束を破ったね」
 箱を開くと、声がしました。
 「さあ、来るがいい。
 おまえにはおまえにふさわしい世界がある」
 罰という名の精霊たちがいいました』……。
 
 ……泣いてるの、アリル?

 
 そう、ユレシアが話してくれた、全界の箱の魔女のおはなし。気に入って何度もせがんでお話してもらったっけ。
 でも最後はせつなくて。
 ひとりだなんてイヤだ。
 おいてなんかいかないで。
 もうあえないなんていわないで。

「ああ、夢だ……」
 ぼんやりと開いた目に空の蒼がとびこんできた。日ざしは暖かく、涼しい風が妖精少女の金の髪を揺らす。
 寄り添うように眠っていたユゥリ・メルフィスがくしゅんとくしゃみをひとつして、アリル・ラルトにしがみついてきた。
「わ、くすぐったい!私は毛布じゃないぞっ」
 サラサラの銀の髪の頭をおしのける。ユゥリはんー、ともらしただけでまたこてんと深い眠りに入ってしまった。
 今のですっきり目がさめてしまったアリルは座ったまま辺りを見回してみる。『さまよう扉』に乗ってまたどこか知らないところに出てしまったようだった。近くに人家はなさそうで、どこといった特徴のない草原がひろがっている。風の匂いにもおぼえがない。
「あれ?」
 首がまわりきろうとしたところで止まった。草原が途中から切れている。それはずうっと続いて……。
「『果て』だ!」
 おもわずだっと駆け寄る。はるか下方につづく切り立った崖のちょこっとだけ手前で止まって、見下ろす。ずっとずっと下、霧に隠れて、ヴァン・ケトルをのぞむ。視線を上げると、遠く遠くおぼろにかすむ島影があった。
「グレイスン……」呟く。
「そー思う?」横合いからいきなり。
 四・五歩離れたところに、さっきまではなかった人影があった。
 二十なかばくらいの年齢の男のヒトで、黒ずくめで朱金色の髪が目をひく。褐色の肌はあまりアリルになじみのない色彩だった。
 がけっぷちに腰をおろして、足をぶらぶらさせている。でも妙な余裕。こちらにむかってにこにこ笑いかけているが、歳に似合わずとてつもない怪しさ満載の青年。
 アリルやユゥリが周囲の人たちから「ついていっちゃいけません」とさんざんうるさく教えられるまさにそういうたぐいの人物だ。
 アリルはちらりとユゥリを見た。寝ている。
「……あなたは誰だ?」
「んー?オレ様?みんなのアイドル輝石(キセキ)兄ちゃん♪」
 よくぞ聞いてくれましたとばかりに軽薄な口調でかえす。
 アリルはむむっと顔をしかめた。警戒の色を強くして、後ずさろうとする。
 としたところで腕がのびてきて捕まってしまった。ちなみに四・五歩とはアリルの歩幅でいう。
「あー暴れない暴れない。落ちるよ?」
 輝石と名乗った男の言葉にじたばたしていたアリルはしかし暴れ続けた。青年のひざの上とはつまりほとんど空中だということだが意に介していない。
 もしかしたら最後の一言がその響き通りに「落とすよ?」に聞こえて、そんな脅しに屈してやるかと思ったのかもしれないが。
 ぶんぶん振り回される手が輝石の飾り首輪にあたる。目をかたどった宝石のある首輪はつかまれてぐいっとずれた。
 目が合った。
「…………」
 急におとなしくなったアリルはそっと上を見る。やっぱり目が合う。妖精の蒼い瞳に映る焦げ茶の瞳はその内側からのつよい光でまるで虎目石のよう。
「あー見ちゃった?んー困った困った」
 というわりにはさほど困った様子ではない。
「あなた、『たまもの』を授かってるな?見たことないくらいの輝く翼だ」
 ホントは他に強い魔法使いの心当たりはあったが、記憶から除外されている。アイツはちょっとイヤだ。そういう理由。
「あ、そう?そういえばあのコももーすぐ羽根生やすなー。リーチかかってるし」
 話題をそらした、ように思えたが。
「?」
「カ・ト・ラ」ひとの悪そうな笑み。
「カトラを知っているのかっ!?」
 勢い込んで尋ねるアリルの頭に、懐から取り出したものをこつんと当てる。
「何をするんだ!」
 奪いとってみると、それはアリルの両手のひらに乗るくらいの水晶球のようだった。目の前にかかげてみると、陸と空が逆転して見える。
「なんだ?」「あーそれ、世界のほんとうの姿」「え?」笑う。
 からかわれて、アリルが顔を赤くする。ぴんと立ったヌーの長い耳に、彼女の痕が浮かび上がる。
「輝石兄ちゃんがいいことを教えてあげよう。蒼球には空があって、陸が浮かんでいて、その中心には霧に覆われたヴァン・ケトル。でもほんとうはコレ」
 水晶球をひょいと妖精の手からとりもどす。
「全界の箱ヴァン・ケトルに包まれた蒼い宝石。霧も空も陸も時さえもすべてを映して、反転している」
 そこまで一気に語り終えて、呆然と見上げるアリルを見る。
「あー信じた?」
 グーがちょっとだけあごに入った。

「あ、じゃこういうのはどう?
むかしむかしの巨人達の物語。神々のつらなり
でありながら禁忌を犯して永久螺旋に追放された力ある者達。今もなお……」
「そんな話きいたことないぞ」
「うん。オレ様の即興創作」
 がくりとアリルが頭を垂れる。
「もうっ、何が言いたいんだあなたはっ」
「輝・石・兄・ちゃん☆」糺す。 
 アリルはこのヒトにはなんとなく勝てないと思いながらもにらみつける。
「さっきのハナシ信じた?」
「う、ちょっとだけ」
「じゃーアリルちゃんのなかではもう世界はイメージの投影ってことになっちゃってんだねー」
「憶測、推測、聞いた話。そこからひとは自らの真実を組み上げる。真実は真実。はかなくうつろい、揺るがなきもの」
「…………」
「辿り着いてみたい?たったひとりだけど。それとも、みんなと知らずにいる?」
 首輪の目をみながらアリルはひとことだけ問うた。
「あなた、カトラの何だ?」
「大親友♪」信じなかった。


 
 世にも怪しい謎の講師の立ち去る後ろ姿をながめながら、あのヒトは一体なにしにきたんだろうとアリルは考えていた。
 結局、からかわれたんだろうとの結論に達したが。あのヒト暇そうだし。
「でも、うん、そうだ。カトラのコトを知っていた。私以外に」
 異界のはざまで見た夢に過ぎないとかすかに心の底でおもっていたけど。妖精少女のこころが踊る。
「きっときっと逢いにいくぞ、きっと」
 翼とは、こころにもつもの。

「ゆわれたとーりちゃんと見に行ってやったぞー。あーオレ様ってばなんて親切青年なんだろぅ」
 自分にとっても気紛れだったと思う。
 まぁ、彼女の知り合いだったという事実も足を向ける一端にはなったか。暇つぶしにはちょうどいい。オトモダチともども拾って帰ればよかったかな。
「でもさ、ソウル・ケージ?ふーん、オレ様が行くまでもなかったんじゃないのー?」
 その視線の先の風の中に誰かがいるとでもいうのか。
「約束の輪、ね。ま、それまで世界があればの話だけどさ」
 傍観者の笑み。
 空はどこまでも蒼く澄んで。

2000・9・あり

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