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『蒼球のフレニール』
アリル・ラルトのプライベートテイル5
 

 今日再会したのは、黒い髪に紅い瞳の魔女。
 今日出逢ったのは、銀の髪に緑の瞳の少年。

 しらじらとかがやく月のような銀の髪。日に透ける木の葉のような、翠玉の瞳。
 頬をつたう、とうめいな涙。
 みとれていたことに気づいて、アリル・ラルトはふと我にかえる。失礼なことをしてしまったかな?
 ヒトのその少年は、すわりこんだままそれを気にするでもなくただ妖精の少女の視線を受けとめている。
 
 風の吹きわたる草原。晴れた空。見守るかのような大きな木の下で。

「どうしたの……?」
 少年がもういちど訊いてきた。アリルは自分も涙をこぼしていたことを思い出した。
「ああ、これは、なんでもないんだ」
 とっさにこたえを返したものの、少年の瞳に浮かんできた色をみて、アリルは返答をまちがえたことをさとる。
 正直に答えることにした。
「……いじわるな魔女に泣かされたんだ」
 少年の瞳に浮かぶ困惑の色が濃くなった。「……魔女?」
「……私はアリル。あなたは誰だ?」
 幼いアリルの行動に脈絡はない。聞きたいことを聞いて、知りたいことを知ろうとする。
「アリル…僕は、ハルゥ・カナル……」
 さっきまでこの人は眠っていた。まだ夢うつつのような声。
 それでもその声の響きにはどこかひかれるものがある。妖精のながい耳がぴんとはねた。
 くすりと微笑んで、ハルゥは腕をのばす。
 ひょいと抱えあげられて、ひざにのせられる。お人形さんみたいなあつかいをされるのは慣れていたけど、今日にかぎってなんだかどきどきする。どうしてだろう?
「あれ、それはタンポポ?」
 アリルはいわれてはじめて、まだ自分がしっかりと両手でにぎりしめていたもののことを思い出した。綿毛の飛んだタンポポ。
「ああ、これはいいんだ」
 まだ綿毛のついたタンポポはないかときょろきょろとあたりをみまわすハルゥにあわてて告げる。
 だってこれは贈りもの。
 少年は目の届くかぎりこの草原のどこにも黄色い花や、白い綿毛が見あたらないことを確認してから、また妖精の少女に視線をもどす。
 なにか思案するように首をかしげて、そして思いついた。
「それ、貸してみてくれる?」
 これは大事なものだけど、ハルゥがなにをするつもりなのかも気になった。頭をぐいっと上向けるとエメラルドの瞳と目が合う。
 ハルゥは両手で下から差しだされたものを受けとってなにやらすると、口にくわえてみせる。
 風に乗って低く高く、独特の音が草原に響きわたる。
「草笛か!」
 ハルゥは微笑んでうなずく。
「余計なことしちゃった?」
「ううん!いいんだ!そうだな、こんな風にもできるんだよな」
 アリルはなかば強引にハルゥの手からタンポポの草笛を返してもらって、自分で吹きはじめる。
 自分のしたことで小さな妖精が喜んでいるのを、ハルゥは満足げに見守る。
 音がとぎれる。
「……アリル?」
「『また会える』って、言ってくれたんだ。約束をくれたんだ」
 それって誰のこと?と訊いてしまうほどハルゥは子供ではないけれど。
 もしかして、言われてるのが誰のことなのか、わかっていたのかもしれない。
「だから……こわいんだ。逢えなくなる時がくるのが」
「……そのひとのことが、好きなの?」
 こくんと、わずかに。
「大好きだからそばにいて、って言えばよかったのかも。でも、そんなふうに縛ってしまいたくなかった。でも、言ったほうがよかったのか?」
「どうだろう。でも、言わなきゃわからないことってあるよ。僕も、言われるまで気づかなかった……。これとは、違うけど。言って欲しかった、もっと早く。それで僕になにかができたわけじゃないけど」
 未だ見ぬ面影。重なって。
 誰もが持つものなんだな、戒めの鎖は。そう思った。

 春の風は、やさしくそよいで。
 妖精少女は、少年のひざのなかにすっぽりおさまって、いつのまにやらすやすやと寝息をたてていた。

「お別れ?」
「次に逢うための約束じゃないかな」
 ハルゥは微笑む。その時、アリルは気づいた。……似ている。
 そう、まるで正反対。……でも、にているんだ。翼が。いのちが。
 カトラは、知っていたのか?ううん、きっと知ってる。全部知ってて、知らんふり。
 これが私の新しい魔法?
 でも、あんまりせつないじゃないか……。
「ユトニアのアンザスだよ。一度おいで……う〜ん、今は危ないからダメだけど、夕食に招待するよ」
「ユグナリアのおとなりのまたおとなりだな!絶対行くぞ!ハルゥに逢いに」
「待ってるよ」
「ホントだな!?せっかく行ったのに『忘れた』とかいうのはナシだぞっ!」
「本当だってば」

 キラキラと輝く、エメラルドグリーン。目を閉じるとガーネットになり。
 次の瞬間、夢からさめる。もしかしたら、逆なのかも。
 
 たしかめるすべはないけれど。

2000・8・あり

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