エリクシェル・ヴェーダ プラリア9
『白雪姫と占い師』
すべては、気紛れのもとに。
カボチャがいる。
ユエリアはとりあえずそう思った。
カボチャって、あの明るいオレンジ色をしたでかいやつである。それに目と口の形に穴が空いている。
それがカーテンの端からこちらを覗いている。
〈はねだ〜〉
なにやら声まで聞こえてくる。
思わずタロットカードをシャッフルする手をとめてしまう。タロットカード。卓の脇には水晶玉も置いてある。ここは占いの館。彼女は占い師だ。
狭い店内に、喋るカボチャと二人きり。
ではなくて。ここでユエリアは思い出した。そう、たしかパートナーにこんなのがあった。ジャック。かぼちゃ型パートナー。
〈はねがあるぅ〜〉
ゆらゆら揺れながら、まだなにか言っている。
思い出したところで、状況は変わらない。
そう、翼人族であるユエリアの背中には一対の大きな翼がある。ここ、ヴァスティタス最大の都市国家、人種のるつぼであるソドモーラにおいても、翼人族は珍しい。好奇の視線に晒されることもしばしばある。しかし、もう慣れた。
が、それは人間相手の場合であって。
こう言った相手の時はどう対応すればいいものか。
肩まである栗色の髪をいじり、銀の瞳を閉じて──これで見ずにすむ──しばし悩む。
「かーぼちゃーん、どこー?」
唐突に。外で若い女性の声がした。かぼちゃが、ふっ、とそちらを見──顔を向け──る。どうやら、声の主が彼(?)のマスターのようだ。そのままどっか行ってくれ。
が。
「カボチャンーと」
出入り口の布をさっとまくりあげて、なんと声の主の女性が入ってきた。
年の頃は十五、六歳。ユエリアと同じか、少し下だろう。あどけなさの残る顔だち、澄んだ青緑の瞳。金に近い茶色の髪を肩のあたりでばっさり切ってあるのがもったいない。首にはゴーグルをひっかけ、ジャケットにパンツ、サンダル履きのその少女は、ユエリアを見るなりこう言った。
「あ〜、羽根があるぅ……」
二人のアレスター、
『素敵に無敵』ユエリア・ラーズと、
『ほえほえ旋風ライダー』ミトオ・スノウホワイトの、
これが出合いであった。
ちなみにミトオは十八歳で、ユエリアより二つも年上らしい、と知れたのはだいぶ後になってからである。
話を戻そう。
「あ、いたいた。カボチャン」
少女──ミトオが手を差し伸べると、かぼちゃのカボチャンはふいー、と浮遊しその背中にひっついた。
ひっしとしがみつくその姿は結構かわいいかもしれない。
と、再びミトオはユエリアを見る。
「ミトオ・スノウホワイト。このコはカボチャン」
びっ、と立てた親指で自分とパートナーを指す。
いきなりな自己紹介に動じることなくユエリアも席を立ち。
「ユエリア・ラーズ。パートナーはペガサスのラシェル……今は魔石ですけど。あなたと同じ、アレスターですわ」
説明が遅れた。
アレスター。今は知らぬものはいない、花形職業である。
ここヴァスティタス・ワールドに近年急増している、人の意識を攪乱する波動『エディファイ・ベノム』を発する生体機械、「魔物」。それらは、今は人々の生活に欠かせない過去の文明の遺物『ロステク』を狙い、人を襲い、街を破壊する。
ロステクの発掘や復元を行うエリクサー協会は、魔物のベノムを中和できる波動『エリクシェル・ヴァイブレーション』を有する人間に魔物を倒すための強力なロステク──魔物は素手や通常の武器による攻撃は通用しない──とそれらの扱いをサポートするための人工生命体「パートナー」を販売・貸与している。
アレスター制度は登録制だが、拘束やノルマは一部の例外──例えば協会関係者など──を除いては一切無い。
『アレスターは魔物を倒すのがお仕事!』魔物を倒せば報賞金もでる。
かくして、素質のあるものは皆アレスターを志望し、アレスターはこぞって魔物を狩り立てていった──。
しかし、アレスターの他に副業を持っているものは割と多い。学生とか、花屋とか。神父さんや忍者も多い。
ここにいる二人もそうである。ユエリアは占い師、ミトオは学生。
どちらかというと、「アレスターが副業」という気がしないでもないが。
「あ、やっぱりそうなんだ。ペガサスくんー。はねはねなんだねぇ」
おなじアレスターだと知ってか、笑顔で言いつつ寄ってきてユエリアの翼をなでなでするミトオ。
これが男だったなら、今頃そいつは魔法の風の刃で切り裂かれるか、電撃食らって真っ黒こげだろうが、そこはそれ。
減るもんじゃないし。
「えい」
「きゃっ」
あやうく減りそうになった。
〈……〉
カボチャンの非難の──なんとなくそう思えた──目と、ユエリアの涙目をみて、まずいことをしたかと照れ笑いのかたちに顔をひきつらせるミトオ。こっそり羽根を引き抜こうとしたらしい。
いきなり何をするかな、この娘は。
「風切り羽根はちょっと……」
痛そうに翼を撫でさするユエリア。そりゃ痛い。
「ごめんねぇ、きれいだったから〜…つい」
最後のつい、が消えて聞こえない。
「……ああ、それなら」
カボチャンと手を取り合ってもじもじしているミトオをよそに、そこらへんに積み上げてある荷物を漁る。
「ありました」
「おお」
取り出されたのは、一枚の風切り羽根。地は翼人族の翼に多い純白だが、ユエリアの羽根は先端のほうが金茶に染まっている。
「出合いの記念に、差し上げますわ」
ちょっと気取った仕種で羽根をミトオに差し出す。
〈…めずらしいですねぇ、初対面のひとに〉
どこからともなく声がした。姿を見せないユエリアのパートナー、ラシェルだ。
「わあ、いいの?」
身長ほどもある羽根を受け取って、明かりに透かす。
「いいんですわ。季節の変わり目に抜けたのを売れるかと思ってとっておいただけですから」
そこまで言うもんじゃない。
「そ、それでもいいよう」
ミトオは嬉しさが先に立つようだ。
「じゃあ、お茶でもいかが?」
「あ、うん。いただきまーす」
卓の客用に用意された席について、占いのカードや水晶玉を興味深げに見る。
「ユエリアって、占い師」
「……よかったら、何か占います?」
その言葉に即座に反応して、ばっと顔をあげるミトオ。それだけならいいが、右隣でカボチャンも同時に同じ動作をしている。ユエリアは、吹き出しそうになってポットにいれるお茶のさじ加減を間違えてしまった。
そんなことは知らないミトオは、言い出そうかどうかなにやら真剣に悩んでいる。
「エリック・ヴァルケンハインて知ってる?」
やがて上目遣いにこう切り出してきた。
「エリック…『お手本アレスター』と協会のパンフで紹介されてた方ですわね」
砂糖を大量に入れて味をごまかしたお茶をミトオに勧め、自分も腰を下ろす。
「うん。実は、彼に恋しちゃったかなぁって」
その割には冷静な態度だ。
ユエリアはエリックなる人物に直接会ったことはないが、噂はいろいろ聞いている。いわく、弱い人々を守って戦う正義のアレスター。性格良し、見た目もよし、十八歳というお年頃で今のところフリー(重要)。
というか、最近彼女の店にちらほら来る『エリックとの相性を占って欲しい』という女の子の客から聞いた情報である。男性客からはやっかみ半分に『あいつをなんとかしてくれ』とちょっとユエリアの職業を勘違いしたような依頼が多いが。
ちなみに、一番人気はソドモーラの市長の娘兼王女のエレニア姫──こちらは同性からも人気があるが、毛嫌いする者も男女問わず多い──。
余談だが。
「じゃあ、そのエリックとの相性を観ましょうか」
しかし、ミトオは。
「あ、いいの」
これまたあっさりと言う。
〈いいのぉ〜?〉
「そお。なんかさ、私は、なんていうのかな。自分のやりたいことを精一杯やるの。それに付いてきた結果なら、後悔しないでしょ?だから、ヘタに占ってもらったりして、良い結果でたらそれは励みになるけど悪かったらー」
じっと見つめるユエリアの視線に気付く。
「あ〜ゴメン。占いとかを否定するわけじゃなくって、…よくわからないや。ヘンかな私」
顔を伏せたミトオに、ユエリアはつぶやく。
「そう、知らないでいることにも勇気は必要ですわ」
「うん」
「答えを誰かに求める。それは間違ってはいませんわ。でも──結局、答えは自分で出すものなのです」
同じものを見たり、聞いたりしてもそれをどう感じるのかはひとによって違うのだから。
〈なんか難しいこと言ってますが気にしなくていいですよぉ。ユエリアははったりが得意なんですからぁ〉
のほほんとした声がまた聞こえてくる。
「ラシェル、ちょっと出てきなさい?」
ユエリアは笑顔だ。
しかし、ロステク『グローブ』にはめこまれた魔石は沈黙を保っている。パートナーは魔石に収納できるのだ。
ちなみに魔石というのはロステクのエネルギー源である。魔物のコアを精製して造られ、丈夫でめったなことでは壊れない。
しかし、パートナーは魔石から自由に出入りできる故か、そのボディは衝撃などにとても弱い。
今は関係ないが、多分。
そんな二人(?)のやりとりにかまわず店内を眺めていたミトオは、あることに気付く。
「あれ、ユエリアもしかしてお引っ越しでもするのかな」
よく見れば、棚の中などが片付けられてがらんどうになっていたりする。そういえばさっき羽根が取り出されたのも占いの館にはそぐわないダンボー…いや、紙箱の積み上げてある一角からだ。
「ええ、あさってから砂漠に行くので。店じまいです」
「砂漠ぅ!?」
このあたりで砂漠といえば、ソドモーラから南に歩いて二日のところに広がる大砂漠のことを指す。周縁部にいくつかのオアシスはあるが、もちろん他は岩と砂だらけ。
そして、砂漠の向こうは前人未到の未知の世界だ。
「このあいだバルセリア邸でメンバー選考会があったでしょう?それに合格したようなので」
「あぁ、うん、はり紙見た。あの有名なお嬢様アレスターの人がなんか募集してたよねぇ」
じつはミトオもアッパータウンに居を構える名家のお嬢様だったりする。
「なにやら遺跡調査だと言ってましたわ。興味ありますし、行ってみることにしましたの」
「ふ〜ん、ということは、今日明日でソドモーラとはしばらくお別れなんだ」
ユエリアはうなずく。
「そうなりますわね」
「はぁ……」
〈あぅ、どうしたのぉ?〉
腕を組んで考え込んでいる──ように見える──ミトオ。
不意にミトオが顔をあげた。卓に両手を付いて身を乗り出し、いたずらっぽくユエリアの顔を覗き込む。
「おさんぽに行かない?」
こう告げた。
風が吹いていた。
すでに夕暮れが近い。
弥生の空はまだ冷たく、徐々にその色を失いつつあった。
アッパータウンとダウンタウン、どちらからもほぼ等距離にあるソドモーラ湾に面する船着き場。
倉庫が立ち並ぶ一画に二人はやってきた。
「ごめんねぇ、こんなとこに連れ出したりして」
埠頭へ向かってユエリアと並んで歩きながら、うーんとのびをする。カボチャンはその背中でおねむだ。
「いいえ。……海の風も気持ちいいですわ」
その言葉の含みに気付いたかどうか、ミトオが問う。
「ユエリアのふるさとってどこなの?」
「ずっと西……バルベノ遺跡のもっと向こう。荒野のただなか」
ユエリアはどこか遠くを見るような目をする。目に映るのは故郷の荒涼とした大地ではなく、どこまでもつづく水平線だ。
「このままどこかへ行きたいな〜っと」
一緒に海を眺め、ミトオがぽつりともらした。
「ミトオのふるさとは?」
「ん、私は生まれも育ちもソドモーラ。街から出たこと無いよ」
「出ようと思ったことは?」
「たくさん。でも、実際問題無理なんだよねぇ」
岸壁のふちにしゃがみ込んで下の海を覗き込む。
「ほんとはねぇ、アレスターにもなるつもりなくって。でもお祖父様に連れられてった協会地上部にね、このコがいたの」
ミトオは下をみたままだ。かわりに、ユエリアが首をめぐらせてまだ寝ているカボチャンを見る。
「パートナーの試作サンプルとかいってね、かわいかったよぉ。ケースの中でお昼寝してたの」
運命の出合いだよね、と笑う。
それからミトオがどんなわがままを祖父や協会にねじこんだかは想像に難くないだろう。そして彼女はアレスターになった。かたわらには、こないだまで商品見本だった、かぼちゃ型パートナー。
「パートナー、ね……ロステクの応用に過ぎない生命。でも、あなたにはそれが必要だった……?」
ユエリアは手元に視線を落とす。手にはめたグローブの魔石から淡い光があらわれて、それは一対の翼を持った白い馬のかたちをとる。
天馬、ペガサス。
「わたしはなんとなく見た目で決めたんですけど」
ミトオは「はねはね」とか言っていたが、実はそれは狙いのうちなのだったりする。
何を狙ってるんだか。
そのまましばらく、二人は黙って風に吹かれていた。
ふと、ユエリアはこのまま飛んで行ってしまいたいという衝動にかられた。背の翼をひろげて、海の彼方へ。
ミトオを連れて行ってあげたいと。
でもそれはできない。
お互いの歩む風の道。いまはそれがほんのいっとき交わっているにすぎない。
「……ここってね、エリックにはじめて逢ったトコなんだ」
顔にかかる髪をかきあげ、こちらを向いて言ったミトオの微笑みを見て、そう思った。
一抹の寂しさと共に。
もう夕日は水平線の向こうに沈みつつあり、透きとおった藍の空には宵の明星。
「星は夜毎指し示す
あれほどに強く輝かしく
──道を!
しかし、頭の上に示された道を
知るものは少なく
たどるものはさらに少ない──」
旅立ちの朝。
バルセリア邸には砂漠へ向かおうとする多くのアレスター達が集まりはじめていた。
そのなかに混じって、一人だけ軽装の少女。停めてあるエアバイクの上に座っている。
こちらへ近付いてくる翼人族アレスターの姿をみとめて手を振った。
「えへへ。お見送りに来ちゃった」
「ミトオ」
「聞いて聞いて。きょうはねぇ、エリックとデパートにバーゲンセールに行くんだよ〜」
といっても約束しているわけではないので、これから彼を待ち伏せしに行くらしい。
ユエリアがリアクションをとれないでいるうちに、とん、とエアバイクから地面に降り立つ。
「……元気でね」
ごく自然に右手を差し出してきた。
そしてユエリアも、ゆっくりと微笑む。
「あなたも、元気で」
握手を交わす。
別れの挨拶、再会の約束。
邂逅。
なんの意味もないかもしれない。
なにか意味があるかもしれない。
それは風のように。
1999.12.27
はい、例によって『新たなお友達記念プラリア』です。VHのミトオさん。なんでか風つながりということで、さかのぼって知り合った次第です(笑)何言ってんだ私……。
いい感じ?
実はVHつながりで構想段階で出演予定だったPCさんがいたんですが、立ち消えてら←書かなきゃいいのに (笑)。これ読まれたとたんにつっこまれそう。ねえ、Sさん(笑)。
|