エリクシェル・ヴェーダ プラリア2
『ユエリア旅立ち編』
翼を大きく羽ばたかせると、ぐんと加速した。身体が強い風を感じる。
さっきまで立っていた広場があっというまに遠くなり、森の中の小さな隙間になる。やや前方に連なっていた山──岩壁というべきか──がどんどんせまってきた。
「ユエリアーっ」
風に吹き飛ばされそうに小さな声が、彼女の飛翔速度を落とさせた。
「ずるいよーぉ。いっつも一人ですいすい行っちゃってさぁ」
舌足らずで、ちょっと高めな少年の声だ。
ユエリアと呼ばれた少女はふわりと翼をひろげて制動をかけその場にとどまると声の主を待ち受けた。
「マカル、言ってくれれば運んであげましたのに」
ひらひらと頼りなく、大きな虫がやってくる。いや、虫なのは背中のトンボのものに似たニ対の羽だけで、くっついてる胴は人間のものだ。赤い髪を頭の上でぴょんと束ね、大きなみどりの瞳の十代前半の少年だ。襟の広い短衣にショートパンツ、サンダル履きといった活発そうな印象だ。
体長は四十センチに満たないが。
小さな妖精族、ピクシーである。
「ボクにだって羽はついてるんだ。自分で飛ぶよ」
言いつつ、風に流されるマカル。強がりを言っているのは明白だ」
ユエリアは彼を抱くように受け止めてやる。彼女の翼は鳥のように羽毛でおおわれている。すべて純白ではなく端がやや黄土色がかっている。太陽の光を照り返せば黄金色にも見えるだろう色彩だ。身につけている袖なしの青い衣装によく映えている。
肩にぎりぎりとどくかとどかないかの長さの茶色の髪がやわらかく揺れる。すべらかな象牙色の肌に、神秘的な銀の瞳。歳は十三、十四というところ。かなりの美少女である。
「さあ、着きましたわ」
岩壁の上に立つ。彼女はここから見える景色が好きだ。ので、日課のように訪れている。
壁といっても単独であるわけではない。
多少の高低差はあるものの、同じような壁がぐるりとつながって一周している。直径は、六キロはあろうか。ほぼ円形の壁の内側には、先ほど飛び立った広場や森があり、岩壁の頂点から麓の大地までは高いところで三キロはある。
外側には見渡す限りの荒野。
高い山々にいだかれた、奇跡の森。旧異種族の「隠れ里」である。
「やっとついたー」
マカルはそう言って、やれやれとばかりにユエリアの肩に腰を下ろし、同時にユエリアが耳につけていた彼の頭の半分ほどもある丸い宝石飾りが後頭部にぶちあたって前のめりになる。
「あうっ」
「マカル、今日は滝のほうへまわってみませんか」
小さな幼なじみの災難に、しかし何ごともなかったようにユエリアが提案をする。
「いいよ。なんで?」
いろいろと立ち直りも早い。生来の陽気さゆえか。
「夢を見ましたの。落ちる水のそばに、わたしの未来に関わるものがあると」
遠くを見るような話し方だ。もっとも、ユエリアは普段からこういう夢見がちな雰囲気なのでマカルはもちろん誰も気にしない。神秘的な容姿もいくらかは役に立っているようだ。
「ゆめ?水晶に映ったんじゃなくて?」
「ええ。自分で自分を占ったりしますと、主観や先入観が入って、結果がゆがめられてしまう」
「っておそわったんだよね、ユエリアのおかーさんに」
「……そうですわ。ですからわたしは夢にわたしの未来をかいまみますの」
ユエリアは占い師である。水晶球を使いさまざまな事象を視るすべは彼女の母親から伝えられた。
話すうちに二人は滝のところまでたどりついた。ここは岩壁が最も低くなっている場所でもある。森の中に豊富に水の湧く湖があり、そこから出た流れがここから滝となって外界へ流れ落ちる。長い年月の間に岩石が削られてずいぶんと低くなった。しかしまだ下まで百メートルはある。
ごうごうとはるか下まで落ちていく水を一瞬覗いて、マカルはユエリアの腕にしがみついた。昔、川で溺れてそのまま滝まで流されてすんでのところで救われた経験を持つ彼は、実は水、特に急流は苦手だ。
「あら?」
恐れげもなく滝つぼのあたりを見ていたユエリアが声をあげた。何か赤いものが見えた気がしたのだ。
「どうしたのさ、ユエリア」
「マカル、川にいる赤いものってなんでしょう」
「赤いもの……」
マカルはううんとうなって、考え込むように腕を組む。ふらっと虚空にさまよいでたのをユエリアがつまんで引き止めてやる。
「かに」
「蟹ですか。じゃあ、さわがにですね」
いくら翼人族であるユエリアの目が良いからといって、百メートル下の沢蟹を見分けられるはずはないのだが。よほどの大群でない限り。
「わ〜い。今夜のおかずはかにのサラダだ」
言って飛び出すマカル。どうやら雑食性の妖精らしい。
「滝が苦手なのはなおりましたの」
知ってて誘ったらしい。その言葉を聞いてマカルがびくんと止まる。そのすぐそばを翼を折り畳むようにしてユエリアが通り過ぎていった。
滝と平行にほとんど落ちるようにして急降下していたユエリアは、おかしなことに気付いて銀の目を細めた。確かに、蟹の大群だ。しかし、その一匹一匹が異様に大きい。一個体で体長三メートルはあろうか。それが、十匹。滝つぼを埋め尽くさんばかりだ。
「そこのあなた、気をつけて!」
言われる前にユエリアは急制動をかけていた。ついでに飛び出ていた岩を蹴って、身体の位置を変える。ユエリアが一瞬前までいたところを、なにかの光線が通り過ぎていった。
「あーーっ」
上のほうから聞き覚えのある悲鳴。マカルだ。
〈ちょっとちょっと、だいじょうぶ!?〉
うすむらさきの豊かな長い髪をお尻のあたりで束ねているピクシーの少女が助けに飛んできた。肩や太ももがむきだしになっている身体にぴったりした服を着ている。
「あらら、カニ光線くらっちゃった?メンテものよ、それ」
妖精少女に支えられて降りてくる目がうずまき状になってそうなマカルに、さっきユエリアに警告を飛ばした女性が言った。
二十代なかばに見える、長い黒髪の美しい女性である。手に、放射状に突起の(それもずいぶんと鋭そうな)ついた戦輪を持っている。タイトなロングのワンピースにはちょっと似合わない。しかし戦輪でもってまわりの蟹をがんがんなぎ倒している様は圧巻だ。
そして。
「リャウイ、リミットブレイクよ!!」
「オーケー、シェイラ」
黒髪の女性が叫ぶと、ピクシー少女の体が光った。
「へ?うわ〜っ」
いきなり支えをなくしたマカルが危うく滝つぼにまっ逆さまになりかける。
光る球体になったピクシー少女が、黒髪の女性の持つ戦輪へ吸い込まれる。次の瞬間。
「風魔飛翔閃!!」
叫びとともに投げ放たれた戦輪は凄まじいほどの威力ですべての蟹をなぎ払い、その外殻を打ち砕いた。
「今よ、コア機能の停止をっ」
「コア?なんですか、それ」
しーん。
「なっ……なんですってぇ!?あなたアレスターじゃ…ないの……」
めきめき。蟹が起き上がる音だ。
「アレスター?聞いたことのない単語ですね」
ざわざわ。蟹、接近中。
女性はユエリアを見た。正確にはその背で羽ばたいている翼を。
「ねえ、あなた、飛べるの、よね」
一目瞭然だと思うが。
「はい」
「お願い私を連れて逃げてぇっ」
がささささささっっっ。
蟹がなだれ落ちるように襲いかかる──殻が割れてて見た目の状態もかなりこわい──。しかし、そこには誰もいない。一瞬早く、ユエリアが女性の手をとって空に逃れたのだ。ユエリアの腕にしがみついている女性がほっと息を吐いたのがわかった。しかし。
「ごめんなさい。体力の限界です」
「うそおおっ」落ちます。
しかしこの女性叫んでばっかり。
どんどん川面がせまってくる。そこにはたくさんの蟹がハサミをあげてお待ちかねだ。
「蟹にサラダにされる、か」
ユエリアのつぶやきは女性の悲鳴を止ませた。別の意味で。
悲鳴が止んだと同時に、二人の前にいくつかの影が降ってきた。それらは女性を支えるように回り込む。ユエリアは女性を彼らに託し、力一杯はばたいて上昇した。翼といっても完全に物理飛行するわけではなく、生まれながらに翼にそなわった魔法的な力に依るところが大きいのだが、気合いの問題だ。
「大丈夫か、ユエリア」
助けに駆けつけた翼人達の中で、ひときわ威厳のある壮年の男性がユエリアに声を掛けた。背中にユエリアの身長ほどの長さの大剣を負っている。
「はい、父様。そちらの女性に助けていただきました」
そうだったっけ?ユエリアは続けて話す。
「あれらには近付かないほうがいいようです。妙な波動を感じます」
めまいのするような感じ。ユエリアはそう思った。少し接近しただけでめまいでは、触れるほどに近付いたらどうなることか。
「ほら、だから言ったじゃないの。魔物のエディファイ・ベノムは触った人をあっぱらぱーにしちゃうんだからね」
ユエリアの言葉を聞いて突撃を思いとどめた槍を持つ若い戦士に、女性がわかりやすい説明をくり返す。エディファイ・ベノムがなんなのかはわからないが。
「あれはカニタンクという魔物の一種だ。それらは失われた技術の副産物とでもいうべき存在なのだそうだ」
「……なのよ。って、え?」
翼人の戦士達に同じ説明をしていたらしい女性が、意外そうな声と表情でユエリアの父パルデカを見る。
「そういえばパルデカ殿は今日は西の守りをしていたのでは」
やっと気付いた、という感じでさっき突撃しようとしていた槍の戦士が言った。ここは南。
「うむ、そのことなのだが、先ほど西の壁にも同じやつらが登ってこようとしていてな」
何気なく、といった態度で。
「幸い、外からの戦士殿の助力を得られてな、大したことにはならなんだが」
うんうん、とひとりうなずく。
「やはり蟹だしな、水のあるところにも来るのでは、と言われてなあ。ここに来た次第だ」
ぐるりと視線を一周させ、大きな笑みを浮かべた。
なぜかみんな一斉にためいきをついた。
「ユエリアのおとーさんのとこに来た外の戦士様いうのは、シェイラさんのダンナさんだったんだぁ」
マカルのお気楽な口調は、たとえ謎の光線をくらってへろへろな時にも変わることはめったにない。今もそうだ。
里を襲おうとした謎の魔物を未然に撃退した功労者として、彼女らは「里」に招かれていた。黒髪の女性は、シェイラ・アルナと名乗った。歳は秘密。
「御夫婦で旅をなされていらっしゃるのですね。うらやましいかぎりですわ」
ユエリアの母の言葉だ。ただ、彼女はさりげない言葉のなかに、どこか相手のことを見透かすような威圧感を含めるのが得意である。
「え、ええ。そーなんですの」
ほほほ、と口許に手を当てて笑うシェイラ。なぜかこめかみに汗をにじませている。
その隣には長い銀色の髪を後ろで束ねた、やはり二十代なかばに見える男性がいる。ライル・リーク、と言葉少なに名乗った以後、何もしゃべらず黙々と目の前の料理を平らげている。その向いにユエリアとマカル、長方形のテーブルの両端にそれぞれ両親。
夕食のひとときである。
普段と違うのは、窓という窓、そして扉から「里」の住人達が「外」からの客人を一目見ようと群がっていること──翼人の家は岩壁に穿ってあるのだが──。ユエリアの斜め後ろの窓からのぞいているのが半獣族の長老だと気付いて父パルデカはあやうくスープを吹き出しそうになった。
それはさておき。
好奇の視線をものともせず──わけにはいかなかったが──問われるままにシェイラが話したところによると。
ここから遥か東、大きな遺跡バルベノを越えたさらに向こうに、ソドモーラと呼ばれる人間たち──一般に、翼が無かったり猫耳や尻尾が無かったり耳が尖って無かったりな人々──の大都市があるのだという。そこはロステクとよびならわされる「大崩壊」以前の技術を発掘・復元、そして利用することによって栄えているのだ。
「ただ、そのロステクを狙って魔物も増えてきててね。そいつら、ロステクを取り込んで動いてるし。エディファイ・ベノムも人間に悪影響あるし。で、魔物倒して、ロステクのもとであるコアを回収して、お金もらうのが私たちアレスター」
アレスターとは、職業名であるらしい。シェイラ・アルナはスカウト、ライル・リークはガンナーとさらに細かく分かれてもいるようだが。
「私たちバルベノ遺跡で対魔部隊に雇われてたんだけどね。休みの日にちょっと一人で遠出してみようかな、なんて……」
「ソドモーラに帰ると書き置きのこして、ここだ。大したフェイントだな」
いきなりライルがぼそっとつぶやく。高貴さすら漂わす美形だが、陽気で気さくなシェイラと反対にさっきからとことん無口で無愛想である。
「うっさいわね。どうせ私は方向音痴よ!」
どうやらそうであるらしい。
「あらあら〜、若い人はいいわねぇ」
ユエリアの斜め後ろで感想を漏らす半獣族の長老(御歳八十八の老婦人)等。若い者は若い者で、いま聞いた外の世界の話に大興奮である。
今まで沈黙を保ってきたユエリアは、そっとため息をついた。にぎやかなのは嫌いじゃないが、騒がしいのは好きじゃないのだ。
「どうかなさいましたの」
「ひょえっ」
いきなり振り向いたユエリアの視線の先に、意表を突かれて驚いた様子のシェイラがいた。かたわらにはピクシー少女リャウイが控えている。
食後のだんらんは、とうとうなだれこんできた付近の住民によって異様に盛り上がり、すでに宴会の相様を見せている。ユエリアはそっと中座してきた。理由は前述による。
そして、小さな小さな少女がもうひとり。シェイラの肩にひっついてこちらの様子を伺っている。
「樹木の妖精ドリアド、ですわね」
「ええ、そう。ドリアドのデイジー。ライルのパートナーよ」
ほら、と促されて緑の髪の華奢な少女はにっこり微笑んでみせた。
「はじめましてね、ユエリアちゃん」
愛らしさ満点である。
ユエリアも微笑み返す。しかし、どこか冷たさをたたえた瞳だ。
「まあ。本当に、精巧にできていますのね」
「う、やっぱし、気に入らないー?まあ、いつも本物と接している人には抵抗あるかも……ね」
たはは、と笑うシェイラ。美人台無しだ。
マカルが「パートナーではない」ピクシーだと知れた時、シェイラの驚きようには凄いものがあった。おかげでマカルはさんざんもみくちゃにされたが。
アレスターには、パートナーシステムというものがある。ロステクは扱いが難しく、同じロステクからつくり出した人工生命体をサポートに使う。「意志」と「感情」を持ち、話し相手にもなる。それがパートナーだ。彼らはすべてコアでもある魔石であるのだが、表に出ている時の普段の外見は設定段階でアレスターが自由に選べる。スライム等のモンスターから、動物、器物、人型までアレスターのあらゆる好みに対応している。
妖精は、人気のタイプの一つだ。
「ええ。所詮はつくりもの。不自然な存在です。この子のようにいくら人当たりよく設定してあっても、かえっておぞましいだけですわ」
「……ずいぶんはっきり言うのね……」
なはは、と笑うシェイラ。妖精少女たちは……何も言わない。
彼女達の「正体」について、里の者たちには何も伝えていない。理由は……わかるよねぇ。
「ま、その件に関してはこっちに置いといて」
ひょいっと何かをわきによけるしぐさをするシェイラ。
「あのね……」
何か言い出すシェイラを制するようにうなずき、一歩踏み出すユエリア。
「魔物、また来ますわね」
ふっ、と銀の瞳が細められる。シェイラもごく真剣な顔つきでうなずいた。
「あら、はったりでしたのに」
………………。
「「「ちょっと待ったらんかい」」」
変わったなまりを用いてつっこむシェイラとパートナー少女たち。
「まあでも、そうだとしますと魔物たちは貴方がたがお持ちのロステクを狙ってくるというわけですわね。うかがったお話からしますと。他の者は、気付いているでしょうか」
「がっ」
「なかなか面白いお話ですわ。外からの来訪者と、それが案内してきた魔物たち。今後百年は語り草になるでしょうね」
そう言ってユエリアはやや首をかしげてみせた。無邪気な微笑みの上目遣い付きである。
シェイラは涼しいはずの森の集落にいるのに、なぜかだらだら汗をかいている。口は「がっ」のかたちで開いたまま。妖精少女たちも似たようなものだ。
このくらいには器用につくってあるのだな、とそれを見てユエリアは思った。
ユエリアはこうやって自分の言葉に他人が翻弄されるのを見るのが実は好きなんである。
ちょっと嫌な占い師だな。
「あ、ははは。まー、立ち話もなんだから、私の部屋に来ない?」
私の部屋って、客だろうがシェイラ。
「そうですわね。シェイラさんにはわたしの部屋に泊まっていただくことになっておりますの。こちらへどうぞ」
「シェイラ、でいいわユエリアちゃん」
「ユエリアとお呼びください、シェイラ」
顔を見合わせて、にっこり笑い合う。歩き出した二人の後を、なぜか戦々恐々とした様子のリャウイとデイジーが続いたのである。
「で、要求は何?」
シェイラはずばっときりだした。
「シェイラ、それじゃあやましいところがあるみたい……」
リャウイがぼそぼそとつぶやく。もちろん聞いてもらえない。
ユエリアは部屋のまん中に仁王立ちのシェイラのわきをすりぬけるようにして──なにしろ狭い部屋だ──自分の寝台に腰掛ける。
「そうですか?ではせっかくですから、何をお願いしましょうか」
「あうっ」
ほら、墓穴掘った。
「いいえっ、何を言ってもこうなってたわよっ」
虚空に向かって弁解するシェイラである。その通りだ。
「ま、悪かったわよ。アレスターのあるところ、魔物だらけってよく言うし。……いままでああいったモンは出なかったんでしょ」
ユエリアはこっくりとうなずく。「魔物」、出ることはでるが、意味合いが違う。
「アレスターは魔物を追い、魔物はロステクを狙う。堂々巡りというわけですね」
「そゆこと。悪循環ともいうわね」
シェイラは用意されていた予備の寝台に自分も腰を落ち着ける。ユエリアとは向かい合うかっこうだ。
「協会は何考えてんのかわっかんないけどね。そのうちなんとかなるんじゃない。ちゃんと賞金だしてくれればいいわよ」
シェイラは、じつにまっとうなアレスターである。
ふと、ユエリアが身を乗り出した。
「さっき、すべてのアレスターは協会に所属していると言ってましたね。パートナーも協会から支給されていると」
「そうよお。アレスターになればもれなく付いてくるの。でもさ、そばに置いとくと分かるけど、ほんとにいいものよ。たまにナマイキだけど、可愛いし。良い相棒ってとこね」
ピクシー少女と頬を寄せて、ねっ、とやる。
「それは」
ユエリアは言いかけて、口をつぐんだ。
「……なんでもありませんわ」
ユエリアは言わなかった。わかってもらえないような気がしたからだ。
「でも、自分で持ってみるのも面白いかも知れませんわね。何もせずにとやかく言うのは間違いかも知れませんから」
自分が間違っているとはかけらも思っていない調子でつぶやく。
「そうでしょそうでしょ」
シェイラ達は気付かなかったフリをしている。
「では」
ユエリアの願いは決まったらしい。
食堂兼居間では、抜け出した二人──と二体──をよそに──誰のための宴会かはもうどうでもいいらしい──明け方まで盛り上がっていた。
襲撃は夜が明けてすぐだった。
「ひるまのカニがぁ〜」
見つけたのはマカルだった。早めに休んでいたのが幸いしたらしい。ねぐらから飛んできて、窓に激突してさらなるダメージを受ける。さいわい、硝子は──そういう技術くらいはある──割れなかった。
「戦士たちは役に立ちませんわね」
すばやく部屋を出て、食堂兼居間を確認してきたユエリアが報告した。
「あなたのお連れもです」
開いた扉の向こうから、いくつものうめき声が聞こえてくる。もちろん、魔物にやられたわけではない。
「かんじんなときに役に立たないんだから……!」
舌打ちでもしそうな雰囲気である。日頃の夫婦関係が知れるというものだ。
ユエリアもシェイラも、普段着のまま寝ていた。襲撃を警戒してのことである。
向こうの部屋で寝ている連中だって普段着だが。
ちょっと違う。
「湖のあたりにたむろってるんだよ!」
なんとか這い上がり、窓を開けて──確か内側からカギがかかっていたような──入ってきたマカルがつけくわえる。
豊富に水の湧き出るそこは、「里」の生命線である。
「急がないと……奴らが集落に来る前に!」
愛用のロステク、風車手裏剣を手に、凛と叫ぶシェイラにごくあっさりとユエリアが言った。
「いま気付いたのですけど、シェイラとライルがいますぐ「里」から出ていけば、集落に被害がおよぶことはないのでは?」
「お願い見捨てないでユエリアちゃん」
一瞬にして意気下がるシェイラである。
でも、確かにその通りなのだ。ソドモーラ文化圏からはるか距離を隔てている「里」に、ロステク製品などひとつもない。
ほんとに今気付いたのか、ユエリア。
「で、何匹くらいいるわけ!?」
何かを振り切るようにマカルに叫ぶシェイラ。
「昼間の三倍くらい」
「荷物まとめるわね」
賢明な判断である。少し迅速すぎるかもしれないが。
リャウイがライルを叩き起こしに行かされる。
「それでは、わたしも荷造りしますわね」
ソドモーラに連れていけ、というのがユエリアのお願いだった。そしてシェイラは人の頼みを断れない性格だ。
「それじゃあ、手早くお願いね」
「一時間ほどで」
「ボクも一緒に行くんだよね?」
わけがわからないなりに事情を察したマカルが、ユエリアの腕にしがみつく。
「だめですわ」
ユエリアは、ただそれだけを幼なじみの少年に言った。
「あのね。……あのね、ほら、リャウイとかはピクシーだけど、それはあくまで伝承のなかから姿を借りてきたものなの。妖精なんか、見た人はいないの。ロステクこそないけど、ここは特別な場所なんだと思う。ここを出たら……」
きっと、長くは生きられない。
だんだんと泣いてるんだか怒ってるんだかわからない表情になってきたマカルを見て、シェイラは最後の言葉をのみこんだ。
「マカル」
静かによぶ声。少なくとも震えてはいない。ごく自然に宣言した。
「わたしは帰ってきますわ」
「ボクはいつでもここで待ってるからね」
ひと息ついて。
「だから、いってらっしゃい」
マカルの赤い髪が目の端に見えたような気がして、ユエリアは岩壁を振り仰いだ。
上にはただ空の青と岩壁の茶灰色の二色に分かれた世界が広がっている。
「錯覚ですか」
空を飛び岩壁を越えたことはあるが、こうして壁の外側に立つのは初めてだった。
ユエリアはそっとつぶやいた後、前を行く二人に目を向ける。何やらもめているようだ。
移動用のロステクがなくなっているらしい。カニタンクに取り込まれたのだろう。
「長い旅になりそうですわね」
ありったけの水と食料を持ち出したのは正解だったようだ。
目的地はソドモーラ。ヴァスティタス・ワールド最大の都市国家。
そこへ行って、確かめたいことがある。
パートナーのことだ。
ひとはさまざまなものに愛情を注ぐ。使い込んだ道具、人形、愛玩動物。それらは、口をきくわけでも、いつでも愛に応えてくれるわけでもない。そのことを考えればパートナーは最高のものだ。道具としても、相棒としても。決して裏切らず、役に立ち、いつでもそばにいてくれる。
お手軽で、おぞましくも滑稽な関係。
「彼らが真に魂を持ちたる存在なのか。持ち得る資格があるのか」
ふと、笑みがもれた。知って、どうするつもりなのか。
きっと先は長い。ゆっくりと考えればいい。
「わたしは大地に生まれ大地に還る、そしていまは高みに流れる風の民。……風の誇りたる民。それにふさわしい行いをいたしましょう。願わくば、風の護りと導きあらんことを」
顔を空に向け、ユエリアは言う。それは祈り。
そして誓いでもあった。
「ユエリア、早くおいでー」
シェイラが呼んでいる。ユエリアは微笑みを返した。
「はい、では、参りましょうか」
風が、吹いていた。
1999.4.12
四月から書き始めたくせに、書き終わったのは六月の終わり…。いや、たださぼってただけなんですけどね。
ユエリアちゃんのほうに力を入れ始めた事があからさまに分かるこのプラリアは、舞台がオリジナルなので結構自由にやってました。
本物の妖精が存在する、故郷の隠れ里。住人はみんな悠々自適。…って感じです。
ちなみに作中に登場した夫婦アレスターは、ディーノ君の両親です。彼はこのエピソードを知らないんですけどね(笑)。
最後のほうでのなにやら問題発言は、ホビデのパートナーシステムについて触れられた文をとあるホームページで見て、ああ、そうだよなっと思って入れてみたんですけど。このくだりがどこにどんな影響をもたらしたかは、リアを読めば一目瞭然でしょう(笑)。やっべ〜。
ユエリアちゃんを、ユエリアちゃんたらしめたプラリアでした。
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