エリクシェル・ヴェーダ プラリア5
『望み』
陽炎に揺らぐ古代の都市が、砂の大地のただなかに立っているのが見える。
ここはヴァスティタス、ソドモーラの南。アリアの町に程近いところ。
「《竜巻》よ……」
女性の声に応じてあらわれた風の渦がエビフライヤーを次々と巻き込み、砕いてゆく。
表情一つ変えず、その見ようによっては凄惨な光景を神秘的な銀の瞳にうつしている女性の背には、美しい翼が生えている。
砂漠を渡る風が、肩のあたりまである栗色の髪を揺らした。女性を乗せた蒼いたてがみの天馬が地に舞い降りるとほぼ同時に、機械クズと化したエビフライヤーの破片があたりに降り注ぐ。
〈無闇に魔物を狩り立てるのはいけないんじゃなかったんですかぁ?ユエリア〉
天馬ペガサス──を模した──パートナーのラシェルが、人間なら眉をひそめているだろう声音でつぶやく。
「あら、ではあなたを渡しても良かったのですか」
女性は、ユエリア・ラーズは、別に渡しても構わなかった、といった様子で返す。本気に思えるのは、気のせいか。
〈そ、それはぁ〜〉
いくらなんでも、魔物に吸収されたくはない。ひきまくるラシェル。
「冗談ですわ」
だから、冗談に聞こえないって。
硬直しているラシェルをよそに、ユエリアは魔物の破片が散らばっている中へ進んでいく。
ひとつ、あるものを拾い上げる。ちょうど両手におさまる位の大きさの、石とも金属ともつかない材質でできた球体。アレスターであるユエリアには、それから脈動するように波動が発せられているのがわかった。エディファイ・ベノムだ。だいぶ、弱まってはいるが。
〈EV細胞の存在を確認。そのコアは、まだ生きていますねぇ〉
「あたりまえですわ。必殺技を使ってないのですから」
ほうっておけば、そのうちに再び外殻を得て、復活を果たすだろう。
「……大した生命力ですわ」
素っ気なく言って、それをぽいと放り捨てる。
〈ああっ、回収しなくていいんですかぁ!?〉
「賞金がもらえないだけでしょう?……それに私がほしいのは、これではありませんわ」
謎めいた言葉。ユエリアは、都市遺跡ツェボイエムのほうを見る。みはるかす。決意を秘めた瞳で。
「どこにいるの、フラム……」
魔物少年フラム。彼が、行方知れずになってから幾日もの時が経っていた。
いや、それはいつもの事だ。気まぐれな風魔ゆえ。
しかし彼を追うアレスターたちの顔には、いつにない焦燥がにじんでいる。
ユエリアを含む幾人ものアレスターが身をもって思い知った確かな情報。……魔物の本能のままに動くようになってしまったという事実。言葉は届かない。説得が、通じない──。
もう、戦うしかない。倒すしかない。
「なぜ急ぐの。なぜ、そうやって倒して、なにもかも終わらせてしまおうというの」
自問する。答えは出ない。
〈だって、皆さんは戦う力を持たない人々のために頑張っているのですよぉ?正しいことじゃあないですかぁ〉
ラシェルがよせばいいのに正論をいう。
ユエリアはそれには答えずに砂よけの外套を胸の前にかきよせる。夜明け、少し前。
屋根代わりにしているラシェルの腹の下から夜空を見上げる。爪月がひとつ、出ているだけの暗い夜だった。いつかと同じ。
「日の後を、月の先を。ある放浪の賢者の言葉だそうですわ」
話しだす。語りかけるようでありながら、それは意味のない独り言。ここには、彼女のほかに誰もいないのだから。
忠実な天馬は、じっと、耳だけを傾ける。
「生き方はひとそれぞれ。わたしは何かを示したかったのかも知れない。誰かにでもいいし、世界そのものにでもいい。……生きたあかしを」
それは誰でも思うことだろう。いつも考えていられるかどうかは別として。
たいてい、かなわぬことだが。
「風の民として。自由と気まぐれを信奉し、導きをもたらす占い師として。……すべてがわたし。変わることはある。けれど捨て去ることができないもの。すべきことをするだけ」
願いの叶ういつかに望みを託して。
ふいに、立てた膝に顔を埋める。両手をまわして抱え込んだ。
「なぜ、希望を持たせたりしたの?いらぬ期待をさせたの……はじめから。そうでなければ、そうできたものを。こんなことになるなら」
己の腕をつかんだ手に、力がこもる。
「なぜ。なぜあんなひどいことができるの……」
胸が痛む。悲しみではない。怒りだ。しかし、その向かう先は。
……世界そのもの。
その理不尽さに。
あがくしかない。もう時間はない。
そして、あきらめるつもりはさらさらないのだ。
恐ろしいことを考えていると、我ながら思う。
けれどそれは、意外とすんなりでてきたことだ。
誰にほめられることではない。失敗したら、何一つ残らない。それどころか。
〈これ以上敵を増やしてどうするんですかぁ〉
主人の考えを察してか、パートナーがクギを刺そうとする。ずっと行動をともにしてきただけあって、主人に対する予測能力は普段のそれを上回るようだ。が、当然黙殺される。そして協会の機能が麻痺している現在、パートナーのもう一つの役割に及んで心配する必要はない。
ユエリアを止めるものは、誰もいない。
(とめてほしいのでしょうか)
ぼんやりとおもってみたりする。が、すでに答えの出た後だ。
このまま傍観していても、結末は知れている。
やらなければ一生後悔するだろう。それは彼女の望むところではない。
しかしユエリアのやろうとしていることは、将来に渡って全アレスターを敵にまわすかもしれないことだ。
そして、彼に対してもむごい仕打ちをすることになる。
けれど、他に方法が考え付かない。
それにうまくほかのアレスターを欺けたとしても、さらに状況が悪化するおそれがあるのだ。
信じるしかない。気まぐれな風の加護を。
時がすべてを解決してくれることを。
自分の力を。
ひとりであることが、ひどく心細かった。他人には片鱗も見せない、彼女の本心。
心を許した相手は遠く北の街にいる。帰るべき故郷はさらに遠い。けれど、待ってくれているひとがいる。
誰かとの絆。もろく、確固たるよりどころ。
彼女にあって、彼にないもの。
だから、彼のためだけに生きることはできない。一緒に行ってあげることはできない。自分は自由な風なのだから。
「でも、はじめてでしたわ。こんなにも、誰かのために何かをしようとしたことは」
澄み切った夜空に輝く月に似た銀の瞳を伏せ、そっとつぶやく。
〈そうですかあ?いっつも充分、自分本位に見えますけど〉
「あら、そう見せ掛けているだけですわ」
軽口を叩きあう。
アレスターとパートナーによくある光景。
「……あなたはどこへ行くんでしょうね、ラシェル」
〈は?なんですかぁ、いきなり〉
意表をつかれたといった様子で、ラシェルは首をまわしてユエリアのほうを見る。
「魔王が倒れれば、時を待たずして他の魔物たちも駆逐されていくでしょう」
〈えぇ。めでたしめでたしってところでしょうねぇ〉
「そうしたらアレスターは必要無くなりますわ。もちろん、パートナーも」
なんだか嬉しそうに言うユエリア。
〈……あっ……〉
「……ね。そうしたら、あなたはどこへ行くの」
重ねて訊く。なんだかすごく嬉しそうだ。
〈……えっと……〉
「ふふ、心配することはありませんわ。アレスターが大事なパートナーを手放すはずがありませんもの」
ユエリアはどうなんですかぁ。という言葉をかろうじてのみこむラシェル。
訊くのが怖い。答えがわかっているから。
「……そのまえにとりあげられてしまうかもしれないのですけれどね。その時、彼らだけを頼っていたものたちはどうするのでしょうか」
ユエリアは目を閉じる。
魔石の動作をも狂わせ無効にする究極のロステクの存在。その力が何かの拍子に再び全世界に及ばないという保証はどこにもない。
そうしたら彼も消えてしまうのだろうか。
どんなにがんばっても終わりが来てしまうのか。
頭を振って、暗い考えを追い払おうとする。
しかしユエリアは思わずにはいられなかった。
どちらも同じ世界で生まれ暮らす存在なのに、なぜ滅ぼしあうことしかできないのか、と。
「ここには彼らの生きていく場所はありませんわ。でも、ここ以外の場所はどうなんでしょう」
東の海の先、西の荒野の彼方、南の砂漠の尽きるところ、北の山脈の向こう。
四つの封印の外。
世界の果て。
そこでは、やはりひとと魔物は争っているのか。どちらかが排除された後なのか。それとも……。
「行ってみたい。いつか、行きますわ」
ここですべきことを終えたら。
一緒に来てくれそうな人の顔を思い浮かべる。
一緒に行きたい、少年の顔も。
ここに居場所がないのならば、別の場所に求めればいいのだ。
この、物語の外へ。……いけるだろうか?
その時曙光がさした。地平線から砂に白くかすむ太陽が登りはじめる。
ユエリアは立ち上がって天馬の首に手をかける。顔を近付けて、囁くように言う。
「……これで最後ですわ。ラシェル、力を貸して……」
天馬は応えて、翼を広げる。
世界の行く先など誰にもわからない。皆、自分の望みをかなえようと精一杯なのだ。
そして、それこそが世界の行く末をきめるのだろう。
1999.9.25
ここまできっちり読んで下さった方、お疲れ様でした(笑)。
8回リアの有り様にびびりまくってわ〜どうしようととりあえず状況を整理するために書いたのがプラリア4、でアクションをまとめるために書いたのが(なんだか途中から言い訳めいてら)このプラリア5です。ぽえみ〜です。なんか変な予想も入ってます。よかったこれプロットに書かなくて(爆)。
もちろん、マスターに送りつけた代物です。先入観イェーイって(中略)
ええと、4ですが、今回の掲載にあたり実名を伏せさせていただきました(自爆)同じ個リアに居合わせたってだけの(PLさんと)一面識もないPCさん使うから後でこんなことになるんだー!(爆)。
お心当たりのある方は、どうか深くつっこまないでやってください……。必死だったんです、当時……。
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