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エリクシェル・ヴェーダ プラリア3
『ディーノとユエリア2』

 日の暮れかけたころ。アッパータウンに続くよく整備された道を意気揚々と歩む少年が一人いた。歳のころは十五・六、すらりとした体つきに整った顔だち、深い青の瞳に輝く銀の髪。いわゆる美形だが、その顔にはお人好しそうな、もとい人好きのする笑みが浮かんでいる。
 それと、じつは彼は一人ではなかった。彼のやや上空を、コウモリの羽を生やし緑がかった黒髪をポニーテールにしたほんのちょっと露出度の高めな少女が付き従うように飛んでいて、たまに舞い降りてきては、さかんに話し掛けていた。
〈ディーノ様っ、さっきのはかっこよかったよー。初出動であんなに活躍できるなんてぇ、やああっぱり私のマスターだぁ〉
「え、そう、やだな、あんまりほめるなよ、ユアラーザ」
 緑の瞳をきらきらさせ、はしゃいだ感じのコウモリ少女ユアラーザに、照れた様子でディーノと呼ばれた少年が答える。
 はたからみれば奇妙な光景といえなくもない。この二人の関係がよくみえないというのが、理由の一つ。
 でも、答えは簡単。少年はアレスター。それも、なりたての。少女はそのパートナー。ちなみにタイプは「デビガール」。
 ディーノ・ライドは先頃エリクサー協会によって大規模に行われたアレスター募集に応募し、見事合格した。今日ようやく研修が終わったところだ。
 アレスターとは?「魔物を倒すのがお仕事!」。以上。……え、いやいや、莫大な褒賞金だって出るし、古代文明の遺産、強力なロステクだって貸与されるし、ユアラーザみたいなパートナーだってついてくるし、お得ですぜ旦那って感じ?
 かくして彼もアレスターになったのである。
〈おうちはこの先なの?〉
「うん。あと十分てところかな」
〈ディーノ様の御両親もアレスターなんだよね〉
「そうそう。でも、そのせいで滅多に帰らないけどね」
〈じゃあ、ディーノ様一人で住んでるの?〉
「いや、同居人がいるんだ。女の子なんだけど」
 おおっ、とユアラーザが身を乗り出す。さすが女の子だけあって、こういった話には反応がいい。
〈きゃあなになにどんな方なのー〉
 飛びかかるようにして問いつめる。ほとんど首を絞めているようにも見えるが。
「わ、すぐに会えるって!」

 すっかり日も暮れて、屋敷は暗く静まりかえっていた。
「あっれー、おかしいなぁ」
 玄関先で立ち尽くすディーノ。
〈え〜、どこどこ、そのユエリア様って〜〉
 ユアラーザがディーノをがくがく揺さぶろうとして……意外としっかりと地に立っているので果たせない。
「あ、もしかして」
 何か思い当たったらしく、いないじゃんと疑惑な顔つきのユアラーザをよそに、ホールを抜けてたったか階段を登っていくディーノ。目指すは二階のテラスだ。

 話し声が聞こえてきて、ユエリア・ラーズは昼寝から目ざめる。見るともう空は暗紫色に染まり星が出ている。どうやら寝過ごしたらしいが、ユエリアはあわてることなくデッキチェアから身を起こし伸びをする。
 首から下げている三日月型のプレートの鎖がしゃらりと鳴る。背中の美しい翼がひろがり、散った細かい羽毛がかすかな星明かりにきらきらと輝く。

〈わあ……〉
 言ったきり、二の句がつげないでいるユアラーザを見てディーノはちょっと誇らしげな表情をした。
 翼人族。最近ソドモーラに姿をあらわした亜人種のひとつで、背中に純白の翼を生やしている。そのもともとの特徴に加え、占い師である彼女には、一種カリスマのようなものも備わっており、優しげな顔だちに肩までの栗色の髪と神秘的な銀の瞳の美しさをきわだたせていた。
 ユエリアはこちらを見ているふたりに気付き、風切り羽根の先端がはしばみ色になっている翼をたたむ。
「お帰りなさい、ディーノ。その子がパートナーですか?」
 腰掛けたままユアラーザを興味深げに見つめる。
〈はい、ユアラーザといいますー。よろしくお願いします、ユエリア様〉
 満面の笑みを浮かべながら勢いよく頭を下げる。ポニーテールがぐいんと振り回された。
 調子がいいというか、愛嬌のあるしぐさに思わず笑みがもれる。
「ふふ……」
「その笑いかたあやしいぞ……」
 ついツッコむディーノ。
 ユエリアはそれにはお構いなしに、ユアラーザの顔や腕などあちこちつっついたりしている。
「ふうん、よくできていますのね」
〈きゃあ、くすぐったいよう〉
「こらこら」
 見かねたディーノが割って入る。
「おまえ、オレのパートナーだと思って遠慮してないだろう」
「よくわかってるじゃないですか」
 表情を変えずに言い切るユエリアに、とりあえず沈黙するしかないディーノである。
〈あー、ディーノ様ってもしかしてユエリア様に頭があがらないのぉ?〉
 すかさずユアラーザがいわなくていいことを言う。
「うっ!!」
 正直にも顔をまっかにしてつまるディーノ。
「ふふ、可愛いですわね」
「誰が」
 ぶ然とした顔でずいっとディーノがユエリアに詰め寄る。
「もちろん、この子のことです」
 ユエリア、ユアラーザを指してさらりとかわす。
「まあ、そりゃあ可愛いだろうね。タイプとか、性格とか特能とか全部ユエリアが決めたし。名前だって君にちなんでるし」
 そこまで頭があがらないのか、ディーノ。
「オレはピクシーにしたかったのになあ」
 ディーノは女の子型小妖精パートナーの事を言った。女の子タイプにしたいのは変わりないらしい。
「それだけはだめですわ」
 間髪入れずにユエリアが言う。彼女にしてはめずらしい鋭く強い口調に、場が静まりかえる。
 ………………。
「何かフォローしろよ……」
 沈黙に耐えきれなくなったディーノがぼやく。おまえがフォローしろって。
〈何でダメなの?〉
 なにも知らないユアラーザがまた命知らずな言葉を吐く……命?
〈ねえねえなんで?〉
 ディーノがコウモリ羽をくいくいやって注意を引こうとしているが、気付かず食い下がるユアラーザ。なぜかディーノの顔がだんだん蒼白になってゆく。
 ユエリアはただ微笑むばかり。

〈結局おしえてくれなかったー〉
 ユアちゃんはさっきからごきげんななめである。ちなみにここはディーノの部屋。夕食は先ほど済ませたばかりである。
「いいんだよそれで」
 どうしてか疲れきった顔つきのディーノ。ほら、と手にした剣をユアラーザに向けて差し出す。向けられたその柄の先には淡い緑に輝く石がはまっていた。
 ユアラーザはなんのためらいもなくそれに近付くと、石に手を突っ込んだ。そのままするすると入り込んでいく。ひと呼吸の間に、全身が石の中におさまってしまった。
「あら、いっしょに寝ないのですか」
「そういう趣味はないんだけどな……」
 ちょっとの沈黙。
「……いつからいたの」
 先に尋ねるべきことを後から訊いている。まだまだ修行が足りないディーノ十六歳。
〈お部屋に行くとき一緒についてきてたよ〉
 石──魔石、という──のあたりから声がした。ユアラーザだ。
「……あ、そ……」
 またもや立ち尽くすディーノ。ユエリアはロステク「ソード」についているその魔石をこつこつ叩いている。
 なんとか気を取り直したディーノがそれを見て口を開く。
「ユエリアもさ、ダメもとで協会に掛け合ってみたら?最近はユエリアみたいな翼人とか妖精族とか結構見たって話聞くし。エリクシェル・ヴァイブレーション持ってるかどうかだけでもみてもらってさ。戸籍とか無くてもアレスターになれるかもしれないよ」
 いまのアレスター制度では彼女ら亜人種は登録ができない。しかし、アレスターの不足が社会問題になっている現在、魔物のエディファイ・ベノムを中和できるエリクシェル・ヴァイブレーション──どちらも一種の波動のこと。表記が長い。でもどっちの略も「E・V」だし──さえあれば、社会的に身元の不確かな者だってアレスターになれる可能性があるのだ。
 戸籍がないといったが、ソドモーラ・ロステク文化圏と無縁の生活をしていたのは荒野出身者もおなじことである。
 協会も、亜人種に注目しているのである。「大崩壊」以前の世界の秘密のカギを握っているかもしれない彼らに。
「もしかしたら、後一押しってところかもよ」
 そうそう。問題は、誰が押すかだけれど。

「あたし達がやるにょよっ」
 ダウンタウン。つい最近魔物の襲撃を受けて、まだ復興が進んでいない東の一角。
 比較的原形を保っている一軒家に、彼らはいた。
 先ほどのせりふを言いつつどん、とこぶしをテーブルに叩き付けたのは、桃色の髪を後ろで束ねた十代前半に見える少女。幼く見えるが、十七歳である。
「なにをですのぉ?フェリオ姉様」
 わかってやっているのかそうでないのか、ぼけた口調で返すのは、長い銀髪を腰のあたりで束ねている十五くらいの娘。こっちは見た目通りの年齢である。
「なにをって」
 一番年上に見える薄い色の金髪の長身痩躯の青年が──それでも二十歳前──、「ボウガン」やら「レッグガード」やらをテーブルの上に並べながら説明する。
「この、こっそり盗ってきた密売ロステクをつかって、魔物退治に乗り出すんですよ、インティ」
 もしこの会話が他の誰かの耳に入っていたら、通報されること間違いなしだが、あいにく家の周辺には人っ子一人いなかった。
「そう、サレス兄ちゃんのいうとおり。これで、あたしたちもりっぱなアレスターににゃれるにょよ」
 そういえば、さっきからなにかぱたぱた音がすると思ったら、この娘フェリオの尻尾がイスを叩く音だった。桃色頭には、普通の耳の変わりにねこみみが生えている。
「ああ、そういうことだったんですねぇ。……あれぇ、でも、なんか足りないですの」
 どうやら天然らしいこの少女インティの背中には、純白の翼が畳まれていた。
「そう、僕らにはまだ足りないものがあります。これからそれを手に入れなければなりません」
 サレスの長い金髪から、これまた長い、先端が尖った耳がつきだしていた。
 彼らは夜遅くまで何かを話し合っていた。当然、翌朝は揃って寝坊したのである。

{只今、アッパータウン一帯に魔物注意報発令中。住民の方は御注意ください……}
 上空を飛んでいた軽飛行機が、エビフライヤーの体当たりを受けて墜落していったりするのが見えるが、比較的平穏な朝だった。
「どっちにいこうかな」
 さっきから鳴りっぱなしのアレスターライセンスカードと、通学鞄とソードをかわるがわる見ながら、ディーノが悩んでいる。ディーノは考える前に行動するタイプではあるが、いちおう高校生なのである。
〈魔物魔物、魔物が先ぃ〉
 ユアラーザがあおりたてている。
 ユエリアは何も言わずにテレビをつけた。生中継をやっている。
『……これによりソドモーラ高校が半壊。その他の被害の続報は……』
「そーいやここは学校のある場所だった」
 カードで魔物の出現位置を確認したディーノが他人事のようにつぶやく。まだ、見方がよく判らないらしい。
〈他には、他には?〉
「えーと、オレは歩きだし、あと間に合いそーなところはっと」
 どーん、と派手な音が聞こえてきた。近い。
〈家の通りに何か来てるよ〉
 そのくらいは指摘されなくとも分かろう。
 今度こそディーノは走り出した。手にはソードを持って。嬉々とした表情でユアラーザが続く。
 ユエリアは……彼女はアレスターでも学生でもない。ちなみに自営業。もうそろそろ出かける時刻だ。
 あ、テレビ消した。どこかへ行くつもりではあるようだ。
「《ファイヤーボール》っ!」
 掲げられたワンドから火球が飛び出し、それは激しい爆発とともにあたりを火の海に変える。
「わーっ他人ん家燃やす気かーっ」
 戦場はあっという間に家の前まで来ていた。ディーノは魔物を攻撃することも忘れて火球を放ったメイジアレスターにくってかかっている。
 通りのむこうからも、血相かえた人々が駆けつけてきている。ご近所のアレスターだ。
 みんな、すごい真剣な顔。
 そりゃそうだろう。
「なによ、こっちだって生活かかってんだからね!!」
「それはこっちのセリフだー!!」
 すでに、別の戦いが始まっている。
 ばん、と足元で小さな稲妻がはじけた。
「来ますわよ」
 ハッと上を見上げると、いつの間にか空に舞い上がっていたユエリアが指差していた。
 せまるカニ2。
「わわわわわ」
「ちっ、まとめて消し炭にしてやるわよっ」
〈リリア様、少しは手控えられたほうが良いのではありませんか。住人の方々もいらっしゃるようですし〉
 執事タイプのパートナーがクギをさしてみるが。
「気にしない気にしない!ぱーっとやるわよっ」
 この会話を聞いたディーノ、慌てて周囲を見回したりする。そして、ばっと上をみた。
「ユエリアーっ」
 呼び掛ける。
「上からリーダーをさがしてくれーっ」
〈指揮官タイプのカニ2には、角がついてるはずだよっ〉
 頭を潰そうというディーノに、ユアラーザが補足を加える。
 上空からなら早い。あっという間に見つかった。
「あれかっ」
 群れの中程にいたそれに、リミットブレイクで斬り掛かるディーノ。
 外殻を破壊したところに、メイジアレスターが必殺技でとどめをさす。
 頭を失ったカニ2の群れは、あっさりと蹴散らされた。
 風向きが良かったせいか、自宅への延焼もまぬがれている。
「ところでさ」
「なんですか、ディーノ」
「さっきのミニライトニングって、誰がやったか見てないかなって」
 現場に風魔法発動体ロステクを持ったアレスターは彼が見た限りいなかった。もちろん、風属性の魔物も。
「……ふふ、さあ?」
 ユエリアは謎めいた微笑みを残して翔び立っていってしまう。
〈あれあれ、ユエリア様どこいくのー〉
「ダウンタウンのほうで占いの館やってんだよ。今から店開くんでしょ」
〈そういえばお昼ごはんまだだったね〉
 パートナーは飲食不要だが、このくらいの気遣いは標準装備されている。
「もうそんな時間か」
 どこか遠くで爆発音がする。
 うららかな昼下がりだった。
 
 思い出したことがあって、ユエリアは道程なかばで舞い降りる。店に飾ってあった花が、そろそろ終わりのはずなのだ。
「こんにちは」
「やあ、いらっしゃい、ユエリアちゃん」
 最近すっかり顔なじみになった花屋の店主が出てくる。サングラスをエプロンに引っ掛けて、長髪を後ろでまとめて束ねているおっさ……お兄さんである。
〈えーっとですね、この花なんかどうですか?これから見ごろだし、長く咲きますよ〉
 花屋だからアルラウネなのか、アルラウネだから花屋なのか──花屋が先に決ってるだろう──花に乗った可憐なパートナーが、すかさずおすすめの花をだしてくる。
 で、唐突にそれは起こった。
「もーらいっ」
 すごい勢いで駆けてきた人影が、店主とユエリアの間を通り過ぎていく。少女の高い声と、桃色の残像が残る。何が起こったのか、誰も理解できない。
 ぽとんと何かが落ちた。おすすめの花だ。
「……あぁー!!エルゥー!」
 店主が叫ぶ。アルラウネが消えていた。

「うふふふふ。うまくいったにゃー。それにしても、あの娘どっかでみたよーにゃ」
〈なに、なによ、放してってば。レヴィ、レヴィ!〉
 もがくアルラウネを両手でわしと掴んでほくそ笑んでいるのは、桃色の髪のネコ耳娘。
 半獣族のフェリオ・セラルット。
〈いやっエルゥは食べてもおいしくないわよっ〉
「だれが食べるのにゃっ」
 いや、わからないぞ。料理人アレスターの大半はカニ系の魔物の調理を目標にしてるっていうし。パートナーを食べようってのもいるかもよ。花って食えるのあるし。
〈じゃあどうするつもりなのよっ〉
「どうするかってにゃ?」
 アルラウネが質問を後悔するような笑みを浮かべてフェリオが言う。
「きょーからお前は私のパートナーになるのにゃっ」
 自信たっぷり宣言する。
〈……はぁ?〉
 アルラウネの目が点になった。

「エルゥ!くそっ、一体誰の仕業だっ」
 いつの間にかサングラスをかけた店主が、ロステク「光剣」を起動させる。
「パパが一番心当たりあるんじゃないの」
 ちょうど学校から帰ってきた店主の娘が冷静に指摘した。
「ああ、迎えに行くのを忘れていたよごめんよ、じゃなくて何を言ってるんだマリモ。愛するお前が生まれてからはパパはきっぱり足を洗って……」
 いきなり言い訳をはじめる店主。
「どうしましょう」
 舞い上がってそれらしい人影を目で追っていたユエリアが降りてきた。見失ったらしい。
「あああ、そうだった。ユエリアちゃんって占い師だったよね。なんとかならないかい」
「?パートナーとは連絡をとれないのですか」
「そーゆー特殊能力つけなかったんだよ」
 そういえば特能のなかには『離れていても会話ができる』というのがあった。
 ちなみに特能は一つだけしかつけられない。変更は不可だ。
「魔石に戻そうにも、近くにいないと……」
 光剣につけたアルラウネの魔石を見つめる店主。
「それ、ちょっと貸してくれませんか」
 ユエリアがこんなことを言った。
「……え、なんに使うんだい?」
 ふつうロステクはその人専用に調整されて渡される。そのせいで、アレスター間でも貸し借りはされないのが常識である。
「ふふ、失せもの捜しには欠かせないのですわ」
 微笑うユエリア、顔を見合わせる親子。

 さて、一方その頃。
 たまには外食もいいだろうと、昼食求めてうろつくディーノとユアラーザの姿があった。
 ダウンタウンをソドモーラデパートのほうに向かって歩みをすすめる。
 さて、ライセンスカードがコールを告げた。
「無視、無視」
 いいのかそれで。
 ここから現場が見えるんだよ?しかも目当ての店の辺りだったりして。
「いけない、走れ!」
〈おお〜〉
「あのぉ」
 間の抜けた女の子の声がした。
〈きゃっ〉
 ユアラーザが空中でつんのめる。誰かが足首をつかんだのだ。ディーノはそれに気付かずかけていく。
〈あー。ディーノ様〜。ね、ねぇ。はなしてくんない?〉
 そう言ってユアラーザは足首をつかんでいる相手をみる。
〈へえー。翼人族なんだ〉
「ご存じですかぁ?」
 翼の少女は首をかしげる。長い銀髪が揺れた。
〈へー。髪も銀色だね〉
「はい、母様ゆずりなんですー」
 身近な誰かさんたちを連想させた少女の容姿だが、ユアラーザにとっては致命的。
 ユアラーザの足首をつかんだまま、翼人族の少女インティ・ブレスは手にしたワンドを振り上げる。振り下ろした。
 それはそういう使い方をするものではありません。
 そしてパートナーの体は意外と弱いものだったりする。
 この戦闘において、リミットブレイクできなかったどこかのアレスターが魔物にぶっ飛ばされたというお話である。
 いや、まだ終わらないけど。

 ダウンタウン、夕暮れどき。
 ユエリアは立ち往生していた。
「移動してしまわれてはどうしようもないですものね」
 こっそりとつぶやく。捜し物に関係のある品物、パートナーの魔石を媒体とした呪文……いやおまじないはこの場所へと彼女を導いたが、それはあくまでその時点での現在地である──追跡のまじないには失敗してしまったのだ。
 何、世界観が違う?
 それはともかく。
「一旦戻りましょうか」
 空へとはばたこうとした時である。
「妖精族……」
 長くとがった耳を持つ青年が、ひとけのないほうへと歩いて行く。こちらには気付いてないようだ。ユエリアの故郷では見かけたことのない顔だから、おそらく他の隠れ里の出身なのだろう。
 別におかしいことはない。
 ユエリアはその背中をじっと見送り……見えなくなりかけたところで空へと舞い上がり、後を尾けはじめた。
 そのうちに青年は壊れかけた──あと数日もすれば業者が来て修復工事がはじまるだろう──一軒家に入って行く。それを見届けたユエリアは中の様子をうかがうために下降して……。
「くぅせぇもぉのぉ〜っ」
 いきなり近くの民家の屋根からケリが飛んできた。
 よけるまでもなく最初から外れていたそれは、ユエリアのすぐ脇を落ち、地面に激突……。
 あ、ちゃんと着地した。半分猫のような容姿にふさわしいみごなしである。フェリオは敵意のまなざしでユエリアを見やり。
「げげぇーっ、ユエリアぁ!?」
 ざざっと後退する。
「フェリオ、あなたもソドモーラに来たんですか。連絡くらいくれればいいですのに」
 顔見知りだった。二人は同じ隠れ里の出身だ。里は狭い社会なので、みんな家族といったかんじである。ユエリアはフェリオよりひとつ歳が下なのだが。
「いや〜ん、ごめん〜。だからあのことだけは誰にもバラさにゃいでぇ」
 過去に一体なにがあったんだ?
 ユエリアはここでボウガンのようなもの(もちろんロステクの)を手にしたさっきの青年、サレス・ローグが家から出てきたのを見た。
「風よ……」
 とっさになにやら印を組む。と、ユエリアのまわりに風が渦巻きはじめた。
「サレス兄ちゃん、撃っちゃダメにゃあ」
 兄ちゃんもう撃っちゃった。でも大丈夫。矢は全部風に弾かれたから。
 何、ありえないって?
 細かいことは気にすんな。
「フェリオ姉様のところのシャーマンなんですねぇ。さすがですぅ」
 純白の翼を大きくひろげたインティがワンドをふりかざす。
「でもぉ、ここまでですぅ」
 ワンドに赤い輝きがともる。《ファイアー・アロー》だ。
 結構、問答無用な連中である。
「《フラッシュ》!」
 何の前触れもなく、ユエリアの後方で激しい閃光がひらめいた。
 一瞬視界が白黒に塗り分けられる。閃光をもろに見てしまい、たまらず目を押さえてうずくまったり墜落したりする三人。
 ユエリアは振り向いてみた。
 そこにいたのはなぜか包帯だらけのディーノと、花屋の店主と、後は光術ロステク「リング」を指にはめている波打つ黒髪の一見女性……に、見える人物。
「協会に連絡して、パートナーの行方を検索してもらったんですよ」
 で、ここに辿り着いたわけです、とユエリアとほとんど年齢の変わらない女性がつぶやく。
「パートナーは無事でしたから、魔物ではないと思っていましたが……まさか亜人種とは」
 呆れた様子だ。それはあとの二人も同じだが。
〈……、セリィーっ〉
 家の中からパートナーの声が聞こえる。女性がそちらに向かって歩き出した。
 しかしいち早く視力を回復させたインティがまだ涙を流しながら彼女の前に立ち塞がる。
「ダメですぅ!パートナーさんたちはわたせないですぅ」
「お願い、取り上げないでにゃ!」
 フェリオも懇願する。
「パートナーあってのアレスターです。僕らには、あれが必要なんです」
 サレスも訴えてきた。
「……憧れる気持ちはわかります。私たちアレスターにとってパートナーはかけがえのないものですからね。……でも、代わりのパートナーというのはありえません。パートナーにとっても、代わりのマスターはいないのですよ」
 女性が静かな口調で言いくるめる。じゃなくて、諭す。
「いつか、あなたたちだけのパートナーが得られる日がくるはずです。それまで待てませんか?」
 三人組は、お互いの顔を見、地面に視線を落とし。 
 そして、まっすぐに前を見る。
 ……意外に朴訥な連中だったらしい。そのほうが楽だけどさ。
 その様子をユエリアはじっと見つめていた。ただただ、じっと。
 不審気な、そして気遣わしげな視線を投げてくるディーノにも気付かない。

〈あーん、レヴィーっ〉
〈セリィ、おそかったもん!〉
「あ、違法改造ですか、それ」
〈ディーノ様、そういうことはわかってても言っちゃだめだよ〉
「そのせりふ、そのままお前にかえす」
 再会を喜ぶ三人と三体を文字通り指をくわえて見ている三人組。とそうでもない後ひとり。
「うらやましいですか?」
「「「うん」」」
 期せずして声がそろう。
「だあってにゃあ」
「自分だけのぉ、自分のためのお友達ですからぁ」
「いいな、連れて歩きたい……」
 ユエリアの問いに、口々に答える三人組。
「そう……」
 独り言。
「やはり、そうとしか見ないのですね」
 不思議そうにユエリアを見やる三人。
「あ」
 ぽこん、と軽そうな──失礼な表現だ──音をたてて、フェリオが自分の頭を叩く。何か思い出したらしい。
「ユエリア。お手紙たのまれてたにゃ。里のちびにゃんから」
 ちびにゃんて誰だ?と疑問が出る前に胸元に手を突っ込んでなにやら取り出してみせる。
 それはしっかり封をされていたが、ユエリアは受け取ったその場で封を開けてみる。
 はじめは、少し驚いたような表情をしていた。
「なに、なに、どんな物にゃの?」
「ふふ、秘密です」
「にゃにお〜、運び賃におしえてってば〜」
 くるりときびすをかえすユエリアにフェリオが追いすがっていく。
「何をやっているんだろう……」
〈後で訊いてみれば?ディーノ様〉
「……やめとく」
〈え〜、どうしてー〉
「いーからっ!早く帰ろう……」
 もう辺りはすっかり闇に沈んでいる。
 今夜は星月夜であった。

 ……翼人族、半獣族、そして妖精族のアレスター登録要綱が発表されたのはそれからたったの数日後であった。
 けっきょくうやむやになった今回の事件の詳細を知る一部の者たちは、脅迫説、パートナーチクリ説をはじめさまざまな説をかましたが、それらは憶測の域を出ることはなかった。
 サレス、フェリオ、インティの三人兄妹アレスターチームは後にちょっとした伝説として語られたりするのだが、これはまた別のお話である。

「ユエリア、何頼んでたの?」
 宝石店から出てきたユエリアに待たされていたディーノが問う。包帯はもうあらかたとれていた。
 前を歩き始めていたユエリアは、いきなりくるっと振り向いて背伸びをしてディーノの首に腕をまわす。
「うわわわわ」
「これをつくってもらったんですわ」
 状況に真っ赤になるディーノにしらっと答える。ペンダントを掛けたのだ。残念でした。
「……こ、これってユエリアの首飾りと同じ材質だね」
 銀、とおもわれる。
 何か模様が刻んである小さな長方形のプレートの底辺に、同じ金属でできた短い棒状の飾りが四本、それぞれリングで繋がっている。
 うれしそうにちゃらちゃらとペンダントをいじくっているディーノを見て、ユエリアも嬉しげにまぶしげに目を細める。
 プレートにはもともと彼女の故郷の言葉でこう刻んであった。
 ──親愛なる風、その心の赴くままに──
 ──と。

 1999.7.2
 交流誌「虹色の種子」の参加者さん達を(勝手に)登場させてみたプラリアです。ネタにつまったからだなんて死んでも言えません。ちなみに魔法少女はVJ、花屋さんはVF、光術のひとはVBです。
 リリア・ラグナイト、レヴィ・シュークルダール、セレスティリア・ルインズフェイト…言っちゃって、いいのだろうか(笑)興味があったら、捜してどーぞ。 三人組みは例によってオリジナル。ところで妖精族のPCって、どこかの共通と個別でひとりずつしか見たことないなあ。あります?
 あと謎の呪文は某サプリメントからです(笑)。いいじゃん、プラリアなんだから〜。

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