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レマンシアの竜騎士プラリア5
『ようせいのふたりごと』

 美しい流星雨の夜だった。
 星を見るために夜中にこっそり一人起きだしてそっと扉を開く。真っ暗な廊下を歩いていくと、やがてそこへ辿り着く。
 
「待ってたぞ」
 降るような星空のもと。
 そこに彼女はいた。金糸の髪の妖精の少女。
 セリンはふと気になってあたりを見回してみた。以前は、前に会った時には、ここにもうひとりいたような気がして。
 視界いっぱいの星空。
 
 ――迷子になってしまったの
   約束を忘れてしまったの

  あの星空の中を歩いてみたらどんな感じだろう。不思議でキレイなところ。
 頭の上にも足の下にも星は光っているのに、どれ一つとして手に触れることはないのだ。

「うん、俺も待ってたような気がする。で、あんた誰?」
「私か?私は、あなたのお姉さんの友達だ」
 妖精はにこにこと答える。セリンは一セルスほどの背の高さしかない彼女を、じっと見つめる。手や顔に、彼のものとよく似たペイントをしていた。いや、刺青?
 よく見ようとしたらそれは消えて、別の場所にでてきているような。あれっとセリンは目をこする。星明かりだからよく見えないのだろうか。
「フィア姉ちゃんの友達……」
「そうだ。こう見えても、あなたよりずっと年上なんだぞっ」
 えへんと妖精はかぼそい胸を張る。両手を腰に当てないのは……そのちいさな両の手に捧げ持つように小さな箱があった。
「それは?その箱」
 セリンはそれにすいこまれるように見入る。薄くぼんやりと光っているようなその小箱。装飾はないも同然の、木箱。
 妖精はないしょの宝物を見せるときの顔で言った。
「この中に、何が見える?」

 ――忘れたままでどこまで行ける?
   誰を探していたのかしら

「これを箱に定めたのは私。私の知ってる伝説の魔女がそうだったからだ。誰かが、あれを鐘と歌とさだめたように」

「うーんと、……ちっこいおもちゃ箱に見える。フェアリーサイズのってヤツかな」
 とりあえず見たままを口に出してから、気づいた。思い出した。これは昔の自分が持っていたおもちゃ箱そのものだと。
 くまの形をした人形、集めた枯れ葉、ちいさな額にはいったつたない絵、姉の抜けた風きり羽根、おさがりの手鏡(ただし、割れている)、まるくきれいな河原の石。父の壊れた眼鏡……気に入って持ち歩いていたもの、そこに置いたまま忘れてしまったもの。すべてがそこにあった。

 ――記憶は風の彼方
   遠く吹き荒んで

「えへへ。やっぱり私とは違うんだな」
 違うことが嬉しそうに、妖精は何度もうなずく。金色の髪が、風もないのにふわりと揺れた。
「私にはコレは宝石箱に見える。だって、昔話では小箱には七色のキレイな宝石が入っていたからだ」
 彼女が言うと、見る間におもちゃ箱から淡くやわらかな七色の光がもれ出した。思わず手を差し出そうとして、いちおう聞いてみる。
「それ、持ってみていいか?」
「いいぞ。でも、この箱は私が手をはなすと消えてしまうんだ」
 だから妖精の手ごと小箱をつつむようにして持ってみた。
 途端にすうっと痕を残して、小箱の中にちいさなちいさな星が落ちていったのが見えた。小箱の光が一瞬だけ大きく輝く。

 触れてみてわかった。小箱は物語りで音楽で。宝石箱でおもちゃ箱で。
「……メルサリンク?」
 ちいさなひとつの世界。

「ここでずっと見てたんだ。夢を……」

 ――消えない
   想いの残像

「これは、あんたが見てる夢?」
「あなたも、見ている夢だ。ここは」

 誰かと見る夢が現実?
 自分だけで見る夢が真実?

 七色の光に照らされる蒼の瞳に星が映る。底なしの闇の奥に輝く光り達。あれのひとつひとつに知らない刻と夢がある。
 闇には出口がないと誰がいったんだろう。

「夢の中にいるひとにはそこへの行きかたがわからなくて、夢の外にいるひとにはそこへ行くことができないそうなんだ」
 小箱に視線を落としたまま、誰にともなく妖精がつぶやく。
「じゃあ、お互い友達になればいいじゃないか。そしたらどこへでも行けるぞ。よっ」
 ひょいとセリンは妖精を抱え上げた。彼女は驚くほど軽かった。
 また星がひとつ小箱のなかに落ちた。
 降り積もる想い。
 なにもない空から前触れなくおちてくる、この星はどこから来るんだろう。ふと心が遠くを向く。
 その心が伝わったかのように、妖精が見上げてくる。
「私達の先祖は、遠い昔に異世界からいまの故郷である楽園大陸に零れ落ちてきたんだそうだ」
 そこからまた零れ落ちた。でもそこに喪失はない。
「こんどはどこへ行こうかなぁ?」
 果てのない希望だけ。風のように常にうつろい変わらないもの。
 この小箱の中の人々は、落ちてくるたくさんの星に気づくだろうか。受け取れているのだろうか。
「あふれてないってコトは、そういうことなんだよな」
 ひとり納得して、妖精ごと小箱を抱きしめる。
 星のひかりを受けて割れた鏡がちりりと綺麗な音を立てた。

「帰り道はどっちだっけ……」
「来れたのだから、帰れるハズだぞ」
 遠くに誰かの見知らぬ夢を眺めながら、お別れの会話。
「またあえるかな?」
「私はいつでもここにいるぞ。この私はそうだから。いつでも」
 妖精の不思議な物言いに、おもわずその顔を見つめてしまう。妖精はにこにこと微笑んでいた。
「でも、よかったら別の私にも逢ってくれないか?」
「別の?」
「ああ。私はもうひとときここに居たいと望んだ私だから。そうじゃないとあなたがここに居るハズがないじゃないか」
 
 足下は星のきらめく夜の水面。
 水鏡に映る二人の影を見た時、セリンは唐突に理解した。

「あんたもしかして俺の前世のおかあさんだったりする?」
「違うぞっ!というか、惜しいな」

 妖精は真面目くさった顔で答えて、そしておかしそうに笑った。

 ――知らない貴方を
   探しつづける

 夢から夢へ。そうしたら現実へ。
 ……美しい流星雨の夜だった。

2002・1・ありかなこ(詩:だくてんまる×2さん)

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