レマンシアの竜騎士プラリア4
『歓迎!うごうご団御一行様。』
メルサリンクの西のはずれ、ザナヒア湖の水が夏の朝日にきらめいているほとりに一人の少年がいた。褐色の肌には汗が光り、短い黒髪からはハーフエルフのとんがり耳がちょこんとのぞく。
彼は穴を掘っていた。
「へー。アインハーツの新しい子供ってあんたなん?」
「誰や?」
すでに人の身長ほどの深さまで掘られた穴のふちに立って興味津々に問いかけてくる年上の娘に問い返すのはルーク。メルサリンクでは割と有名な大家族アインハーツ一家の末子である。
「そうやけど……あ〜アンタのコト知ってるで。ハーフヴァルキリーやろ」
娘は金色の髪に碧の瞳と白い肌、そしてそれに勝る白き翼を持っていた。
「そんなん見ればわかるやん」
娘は届かないと知りつつも穴の中のルークに向かってチョップをかます。
「いや違た、ジェムさんやろ」
「そうや。それで、何してるん?」
ジェムの疑問に、ルークは持っていた巨大なスコップをざっくと地面に突き立て、よくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張る。
「温泉掘ってるんや!」
にっかりと白い歯を出して笑う表情もかっこいい。
「そうか〜。でもそんなトコに穴掘りよっても誰もハマらんで兄ちゃん」
「って、聞いてー!」
思わずルークはジェムの足にすがろうとしたが、その手がはっしと掴んだのはエスティ・ベアの前足であった。ジェムの背中が街の方に去っていくのが見える。
きゅう?と首をかしげる白熊エールの見守る中、また黙々と穴を掘りはじめるルークだった。
じりじりと陽は高くなる。
先ほどよりずいぶん深くなった穴の底にも日射しは降り注ぐ。
「……あ、寝とったわ」
日射しが直接あたっている片側の頬は少しひりひりするが、下向けていた方はひんやりと気持ちのよい冷たさがある。まるで水に漬かっているようだ。
というか、実際に水に漬かっている。
「何やコレー!?」
叫んで飛び起きる。水はごく浅かった。
「ルークー。調子はどうだー?」
なんとなく白々しく思える響きの声でセリンが穴を覗き込んできた。
「ヤバいかも。ちょっと水が出てきよったー」
「そっかー。俺らは皆で泳ぎにきたんだよ。昼飯あるから登ってこいよー」
セリンの言葉に頷いてルークは土壁を登りはじめる。半分ほど登ったところで水が流れてきて手をすべらせた。
「……」
「……」
ふるふると頭を振って、ルークはまた土壁を登りはじめる。ある程度まで登ったところでまた水が流れ出てきた。滑り落ちる。
「……セリン」
「何」
答えるセリンの肩が小刻みに震えている。ルークは今度はしっかりと上を見ながら登りはじめる。セリンはというと、今度は堂々と巨大な如雨露を持ち出して見せた。
「オマエかーーーっ!!」
「何をやってるんですかあの人たちは」
ティファシリカはルークの叫び声のあとに三度目の何か重いものが落ちる音を聞きながら言った。
「ええと、温泉掘って一発当てるだとか昨日お店で盛り上がってたのは知ってるんですけど……」
迷宮図書館とカムホート邸を往復する毎日だったからあんまり、とアルシュタートが自信なさげに振り返った。
「ええ。メルサリンクは魔導機関のせいで地熱が高かったりするでしょう?だから掘れば温泉でも出てくるんじゃないかと言ってみたんです。冗談だったんですが」
後半部分をさらっと流して、チョウが銀色の目を怪しく光らせた。
「……貴方を見ているとなんだか知り合いの騎士さんを思い出すんですが……ノディオン騎士の方なんですがもしかして?」
「いいえ、こっち……というか人間に知り合いはあまりいないんですよ。あ、アルシュさん、巨大グミもうひとつありますか?」
アルシュタートは手元の手作りゼリーに視線を落としてちょっと沈黙してからチョウに渡す。小さいウィル君――ウィル・オリゾンテには大好評でよくつくってあげていたのだが、そういうことなのだろうか。
彼女の意識がもう一人のお得意さまの方へ向く。セリンはとどめに穴に如雨露を落っことしてこちらへ走って逃げてくる。
「……あの、セリン?」
目の前にゼリーをぐいっとつきつけて、聞く。
「これ、なんだと思う?」
「ぐみ」
いかにも大好きーという笑顔で即答されて動きの止まったアルシュタートをティファシリカがいたわるような目で見た。
「おいちゃんたちは?泳がないの?」
唐突なセリフは確かにこの場にいるアルシュ以外の者に向けられたものだったのだが、チョウは聞こえなかったフリをした。ティファシリカは何故かぎゅっと拳を握りしめてしまった。
「……ええ。もう少し後で」
「そかー」
それだけ言いおいて風のようにセリンが去っていった後、アルシュがおそるおそる切り出す。
「……あの、ティファシリカさんて男性だったんですか……?いえあの綺麗ですから……すみません」
正しい反応にティファシリカは力強くうなずいた。が同時に「男は三十代から」という自警団のツバメの名言を思い出してこの後しばらく人生について考えることになる。
「温泉……儚い夢やったのかなぁ……」
「何言うてるの。たったあれっぽっち堀っただけで温泉出るんならとっくの昔にアンタの家のモンが掘りあててるわ」
ザナヒア湖の向こうに沈もうとしている太陽を眺めているルークに、エスティ・ベアを迎えに来たジェムが励ましの言葉をかける。
「ねぇねぇ、明日はマリアさんのお店の裏庭掘ってみない?ささやかな奇跡亭別館にするの〜」
夕陽のオレンジ色の光をうけて、フォーリーフの紫の瞳は不思議な色に染まっている。
「そしたら俺は若旦那や!」
「ルークさんは若女将がいいなぁ」
「いやそれはダルかアリアのほうが適任や」
「セリンが番頭さんで、チョウさんが影の番頭さん。ボクはお客さん〜……」
何かが違う。
しかし、この夕陽が沈むまではどんな夢をみてもいいかもしれない。
と思った自分をちょっとカッコいいやんと考えているルークを遠くから呼ぶ声。帰り支度を終えたいつもの仲間達がこちらに向かって手を振っていた。
「よーし、明日も頑張るでー!」
◆
「……さすがに宝石箱はいたずらしないほうがいいと思うんですが」
「そうよセリン。その中の宝石みんな呪いがかかってるってカムホートさん言ってたわよ」
ラシャーファとアルルに左右から言われてセリンは開け閉めしていた宝石箱を思わずぱたりと閉じた。
「それにしても惜しいなそれ。盗賊の名がすたるってもんだけどさすがに箱ごと盗んでもな〜」
ミーウが心底残念そうにいうが、さすがにそんなものを売り払ったらすぐにばれてしまうだろう。
「子供は無邪気でいいわねぇ…でも気持ちはわかるわ。家にはそんなもの無かったし」
「この宝石箱の中って鏡が張ってあるんだなー」
「ええ、中身が倍もキラキラして見えてキレイでしょ?」
「いい仕掛けだな……」
「……中の宝石の気持ちってどんなんだろう?」
ミーウが呆れたように肩をすくめた。
「宝石の気持ちって、なんで?」
「いやホラ、蓋を閉めてると真っ暗で何も見えないだろ?蓋開けても鏡に映る自分達の姿しか見えないわけじゃないか……」
「……やっぱり子供ねぇ……」
「でもきっと、空も見えてますよ」
くすりとラシャーファが微笑った。
◆
「お嬢さんは宝石箱に興味のあるお年頃かい?」
ひたむきな瞳で両手に持った小箱を見つめていた妖精の少女に魔女が語りかける。
「……イジワルだなっ」
ぷっと頬をふくらませた妖精の表情に、魔女はおかしそうに目を細めた。
「……とってもキレイなんだ。だから、もう少し、このままで」
妖精はそう言うと、目を閉じて小箱から聴こえる遠い音楽に、耳を澄ませた。
2001.12ありかなこ
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