レマンシアの竜騎士プラリア1
『いつかあなたはわたしで』
むかしむかし、あるところに『黒の賢者』と呼ばれる男が住んでいました。いつも黒い衣服を身にまとい、その地には珍しい黒い肌。もう何十年も前から変わらぬ姿。
その地の人々は彼を魔族と畏れつつも、その人柄と魔力をながらく敬ってきたのです。
彼がいつものように書斎に篭っていると、テラスの窓をこつこつと叩く音がしました。
「……?おやおや、君は」
見るとそこには彼の膝元ほどの背丈の、足許まであるながい金の髪をした小さな妖精の女の子が立っていました。最近、彼の館や近くの村々に姿を現わすようになった少女です。彼はテラスの窓を開けて女の子を部屋にいれてあげました。
「…………」
妖精少女は彼に何かを言いました。
「む……」
誰も知らない言葉を話す不思議な少女は、異界からの訪い人ともいわれていました。
妖精が困っている彼の長衣をひっぱってどこかへ連れていこうとしていると、そこに彼の娘がやってきました。彼女は妖精と仲良しです。
「おお、フィア。娘や、助けておくれ」
フィアと呼ばれた娘の背には、一対のしろい翼がありました。なんとハーフヴァルキリーです。
「おとうさま、どうしたの?……あ、ルーちゃん!」
フィアが呼ぶと、妖精は彼を放してフィアに駆け寄っていきました。彼がほっと息をついている間にフィアとルーはどうやってか意志を交わしているようです。妖精は、彼の娘に用があったのでしょうか。
彼はそう自分で納得すると、あとは自分の娘と妖精のかわいらしい姿を微笑ましげに眺めていました。どちらも金の髪に蒼い目をしていて、まるで姉妹のようです。やがて二人が連れ立って去っていったのを見届けると、彼も書斎に戻りました。
その日、夕方近くになってからフィアとルーは戻ってきました。
腕に一人の赤子を大事そうに抱いて。
「娘や、その赤ん坊はどうしたのかね」
「ルーちゃんが見つけたの……森のずぅっと奥でね、フィアにお願いって」
赤子は褐色の肌をしていました。そして、間違えようのないとがった耳。
「ハーフスヴァルトか……そうか、君は私にそれを……」
ルーは彼の視線を受けると、にっこりと笑って何かを呟きました。
その日から、黒の賢者に子供がひとり増えたのです。
「おお、娘や、どうしても行くというのかね」
「しーっ!おとうさま、セリンが起きちゃうでしょう」
幾年か経って、彼の娘は宣言しました。「冒険者になる」と。
当然彼は反対し、その夜こっそり出ていこうとした娘を見つけたのです。
「大丈夫、一人でいくわけじゃないの。きっと、立派なヴァルキリーになって戻ってくる!」
「それがいかんというのだ。あぁ、あの日あれも私の反対を押し切ってヴァルキリーになった。そして私に刃を。私は赤ん坊のお前を連れてほうほうの体で逃げ出してきたのだ。しかし今でも」
「いまさらそんなこと聞きたくないわ!」
妻との離婚の理由を語りはじめた彼を、フィアは振り切ろうとしました。
「フィア姉ちゃん」
「セリン!」
いつのまにか二人のそばには小さなセリンが──あの日からフィアの弟になった少年が──立っていました。彼は家にあった一振りの黒い小剣を餞別にと差し出しました。
「いけよ、姉ちゃん。がんばれよ」
「セリン……ありがと」
子供達の様子を見て、彼は遂に折れました。
「わかった、わかった……。ただ、ヴァルキリーだけはいかん。僧侶も駄目だ」
「どうして、私は空を飛びたいのに!」
「そんなこと…他の方法を探しなさい!」
叫んで、彼は一息つきました。再びあげた顔には、精一杯の威厳と慈しみと。
「愛するフィアリスや、その小剣は眠れる剣。『真影』といって、かつて我が友セーラルードが持っておった剣だ。インテリジェンスソードなのだが、あやつが死んでからは語ることはなくなった。だが、お守り代わりにはなるだろう……元気でな」
フィアはしばらく小剣に目を落としていましたが、やがてしっかりとうなずきました。
二人だけになった父子は、他に誰もいなくなった家の玄関で、しばらくは何も喋らずにいました。
「……セリンや」
「なに」
「お前も冒険者になるのかね」
「ならない」
「じゃあ家はおまえに任せて私も旅に出てみようかな」
「やめとけ、としより」
「そうか……」
彼は息子の茶金色の頭に手を置くと、ため息をつきました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あなた……ダークレイス?」
ざわ……。
リュクセールにある商業都市のとある冒険者の酒場。そこでいきなりセリンに話しかけた娘の言葉にざわめきがたった。半分は興味本意、もう半分は敵意だ。
「いや、ハーフエルフ。親父が砂漠の民でね」
金茶の瞳に強い意志を宿す少年は、ハーフスヴァルトと見ては絡んでくる相手へのお決まりの平和的かわし文句を言ってから振り向き、椅子からずりおちそうになる。
「フィア……姉ちゃん?」
「ん?わたしはフィリスだよ?」
懐かしい綺麗な声。
竜神官の礼服に、背中に白い翼一対。どこからどうみても彼の嫌いな神竜関係のその娘は、もう十数年も行方不明のフィアリス・フォルスナにそっくりだった。
驚きのあまり何も言えなくなっているセリンをよそに、娘はにこにこと邪気なく笑う。
「なぁ〜んだ、違うんだ。ごめんねぇ。じゃあね、バイバイ」
セリンの言うことをあっさり信じたその娘は、くるりと背を向けると去っていく。
「……」
呼び止めようと差し出した手が力なく下ろされる。
違う。あれは絶対に違う。
そう思っているセリンの耳にふと聞こえてきた娘の言葉。
「ひさしぶりにメルサリンクへかえろうか?シンエー」
次の……いや、次の次の目的地にしようか。まだ信じてないセリンはそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夢の回廊から、その少女は見ていました。その瞬間を。
支えるものなく空に風に浮かぶ都市は、彼女の故郷を思い出させました。
ルーは──それはフィアがつけた名でした──、いまはもうはるかな時のむこうの少年にそっと微笑むと、きらきらと輝く翼をひろげました。見届けることなく。
──だって、きっと大丈夫だ──
回廊の扉がぱたんと閉じられて、あとには満天の星空ばかり。
2001.6.26
新作のプラリアとみせかけて、前作のPCの知られざる生い立ちが。その実は他社PC転生ネタです。…おや。
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