『太陽紀フロレンティア』プライベートテイル三
『こんなひとときには』
「そうはさせるかっ!」
茶色の髪をした少年が、目の前に並べられていた食材をひとつまみかすめ取ろうとしていた白い手をはっしと掴んだ。
「おお、腕をあげたな、ポチ」
その女性、極楽鳥族のシユウ・ランカ・エルダールは赤狼の少年、ポチット・ナ・ワールドレガシーに腕をとられたまま優雅に顔をあげると夕日色の目を細めた。
朝食の片づけも終わり、昼食には早すぎる時刻のテルアマル宮殿のまかない所。誰もいないはずの広い空間のその一角に幾人かの気配があった。
「この時間帯はよくポチがアルカンド様にさしあげるおやつの研究をしているのだ」
どこからか持ち込んだ背もたれのない椅子に腰掛け、足を組み落陽色の翼をひろげゆったりとしている姫君らしき娘はシユウ。
「シユウ姫様はそれの味見をしていらっしゃるのですね」
シユウがひじをついている使っていないテーブルの上にちょこんとしているのは物精の少女、うたうたいのツキコ・カナル。ペペル一帯にも生息している小動物をかたどったぬいぐるみが出自で、帽子ともつかない垂れた耳と宝石のようなつぶらな赤い瞳をしている。
「つまみぐいだっちゅうの」
唯ひとり、忙しく立ち働いているのはポチット。十一歳になったばかりの少年で、砂漠生まれ。幼い頃にシャンドラ司族入りした彼はいまは宮殿で侍従の職に就いている。実のところ番犬扱いだが、給仕役もなかなかのものである。
「こんなところを兄君様に見つかったら大変ですわね。お厳しそうな方でしたもの」
ツキコがちいさな手を両頬にあてて心配する。シユウはやんごとなき姫君のはずなのだ。
「ダメダメ。シユウの兄貴達は妹にはあまあまなんだよ。エルダール家じゃ女の子ひとりだしね」
ポチがかきまぜ棒を軽く振りながらあいづちを打つ。
「まぁ、そういうことだ」
種族の性格も色濃いシユウ。
「まぁ、それでは手がつけられませんわね」
「……」
「……ぷ」
ツキコの言葉には皮肉な響きが一切ない。ポチが思吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
「チビ、めったなこというもんじゃないぞ〜。シユウの鉄拳制裁の怖さはオイラがいっちばんよく知ってる!」
ポチはシユウに――一方的に――格闘の稽古をつけてもらっている身である。
「ツキコはチビではありませんわ」
ツキコがぷっくりと可愛らしいくちびるをとがらせていると、軽い足音がして植木鉢をかかえた華奢な樹華の娘が蒼水晶の長い髪を揺らしてまかないに入ってきた。
「はらーん、なんだかにぎやかで楽しそうですの」
「よぉ、ラメント!もしかしてアレができたの?」
「はい、ポチさん。新しいの育てましたのん」
宮廷に仕える組紐魔法使いのラメント・チェレンコフが片隅においた鉢に植えられているものをつられて覗き込んだシユウとツキコは思わず顔を見合わせた。
「なかなか面妖な植物だな」「ですわね」
「それ、ハエとり草」
こともなげにポチがいう。なるほど台所には必需品だ。
「……ラメントの華魔法で育つのは食虫植物ばかりだと聞いたことがある……」
「寄生植物も育ちますのん」
ラメントが自分の蔓に咲いている白い花をもてあそびながら恥ずかしそうに付け加えた。シユウの方を振り返る。
「わたくしのペットのベロニカちゃんを護衛としてアルカンド様にプレゼントしようと思いますのん。不埒な者共をひとのみですの。どうでしょう、シユウ様?」
両手を胸の前で組み、可愛らしい笑みを浮かべるラメント。
「……くれぐれも陛下をベロニカちゃんに喰わせないようにな」
シユウの言葉にラメント以外の全員が力強くうなずいた。
かまどに火を入れるポチ。今日の品目は焼き菓子のようだ。
「なんだかいいにおいがしてきましたね」
ツキコがうっとりと目を瞑る。
「わたくしも特製薬草菓子をつくってアルカンド様におとどけしたいですのん。シユウ様はお菓子づくりはなにかされますのん?」
「これのもっと簡単なのなら母上に教わったが……」
「だめですわん、そんなことではいいお嫁さんにはなれないですのん!」
なぜか妙に力強く力説するラメント。
「そういえばシユウってもう二十二になるんだろ?嫁き遅れ?」
呟いたポチは次の瞬間脳天に衝撃を受けて目をまわした。
「嫁き遅れといえば……」
まだポチに食らわせた鉄拳の構えをといていないシユウをうかがいながらおそるおそるラメントが口をはさむ。
「シユウ様はお小さい頃から陛下と面識があったのですよねん」
深い藍色の瞳にすこしだけ羨望。
「陛下と姫様の思い出話なんてありません?」
ツキコの赤い瞳には興味津々。
「思い出……?そんな話すようなことはないが」
しかし懐かしむような目をするシユウ。
「それはオイラが侍従仲間から聞いたことがある!」
意外と頑丈なポチが起き上がってきてずずいと身体ごと割り込んできた。
「なんでも未来の皇帝の顔を足蹴にした唯一人の姫君の噂!」
「よせ、ポチ」
シユウは頬を赤く染める。照れているようだ。
「シユウ様、ポチさんは褒められているわけではないと思いますのん……その姫君、夕日色の極楽鳥族だとわたくしも聞きましたん。やっぱりそうですのねん!」
そしてツキコがおもむろにぽんと手のひらを合わす。
「シユウ姫様が嫁き遅れているのはその武勇伝のせいですわ、とラメントさんはおっしゃりたいのですね、きっと」
「オイラがきいたところによると他にも色々……」
「……ポチ?」
シユウの声に含まれたものにポチは黙り込んだ。
「わたくしも頑張ってアルカンド様との思い出をつくりますのん!」
ラメントは何やら決意を新たにしている。願いは叶うのだろうか。
「……勝手にするといい」
シユウは翡翠織をひるがえすと、すたすたと部屋の出入り口に向かって歩き始めた。ツキコがぴょんぴょんと後を追う。
「……はらん、シユウ様本当に怒ってしまわれたのかしらん」
ラメントは自分の言い出したことが他人を傷つけてしまったのではと本気で心配している。
「そっかなー。本気で照れてただけじゃないのかワン、と……あーーーっ!!」
「はら〜ん、どうなさいましたのん」
ポチが突然に絶叫ともいえる悲鳴をあげた。おもわず身を縮めるラメント。
「……やられたぁぁっ!!」
焼き上がったばかりの菓子が、ひとつも無くなっていた。
「月故も食べてみるといい。うまいぞ」
シユウの翡翠織の肩掛けには香ばしい匂いを放つ焼き菓子が包まれてあった。
「姫様、よろしいのですか?」
「これもあいつの修行のうちだ」
勝手に持ってきてよかったのかと問うツキコに、シユウは微笑む。ツキコは首をかしげる仕草をした。
「……姫様は本当は……」
「ん、なんだ?」
「なんでもありませんわ。それよりこのお菓子、陛下にも差し上げに参りませんか?」
「おお、それはいいな」
並んで歩く異色の二人連れは、今ではテルアマル宮殿の名物になっている。
2001・7・あり
●だべりプラテル。
ないかもしれない思い出話と。
誠実なのにいじめっこ紫夕さんには婚約者いません。家風かな?
あとゲストさんには誰にも許可とってません。切腹。
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