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『太陽紀フロレンティア』プライベートテイル一
『落陽の姫君』

 

 双樹帝国シャンドラ、黄都ワカ。
 夕暮れ時の平民区は、夕食の買い出しと家路を急ぐ人々で一日最後のささやかなにぎわいをみせていた。
 すべての人と物が長く影をひく人ごみの中を、特に急ぐでもなく、むしろのんびりと散策するような風情の身なりの良い少女が居た。
 小柄なからだに薄物と飾り紐と帯をまとい、金の装飾品を多く身につけている。夕日色の長い髪を背で束ね、同じ色のひとみに特筆すべきは極楽鳥族だということ。朱を基調とした色あざやかでいて透き通る宝石のような翼だ。
 彼女の後方に付き従うように歩みをすすめる顔だちのよく似た騎士風の少年は血族であろうか。

 落陽は不吉の兆し。
 このような時分にあえて出歩く高貴の少女に、路傍の老人が厄介払いの仕草をする。
「姉上、もうそろそろ屋敷に帰りましょう。このように遊び歩いて、父上から叱責を受けるのは私です」
 老人に一睨みをくれて、少年が少女に語りかける。うんざりした口調だ。だが少女は聞こえないふりをした。
 ため息をついて、若い騎士は姉姫の後を追う。少年はかたちばかりの護衛役といったところだろうか。
 
 黄都の坂の多い路地のひとつをまったくの気紛れで選んで入り込んだ時にそれは聞こえてきた。
 しゃん、しゃん、しゃん。
 シャンドラの民や自由の民で芸をするものが好んで使う楽器の音だ。確か、木の板を円形に繋げたものにたくさんの薄く円い金属片をとりつけたものだと記憶している。
 角をまがったところにあるわずかな空間、民家に囲まれた石畳の広場に、数人の子供らが集っている。
 中心にいるのは、小さな子供……というよりかはユェンユェンらしい。
 ちいさな手で楽器を打鳴らし、あどけなく綺麗な声で唄う。ぴょんぴょんとたくみに跳ね回る姿が愛らしい。
 少女はそれ以上前には出ずに、そばの家の壁にもたれて──姫君らしからぬ行動に少年が顔をしかめる──しばしその光景に見入った。近くにいた若い母親が、彼女に気づいてそっと会釈をし、邪魔にならぬように子供の手を引いて家に戻る。
 
 唄は──どこの夢語りから聞いてきた話だろうか。青き宝石、空の王国のものがたり。
 
 太陽はなかば地平に消えて、集っていた子供らはいつのまにやらもういない。

「もう誰もいないのに、どうしてまだ唄う?」
「あなたがたがきいていてくださるからです」

 かわいらしいおじぎと共に落ち掛かった帽子のかたちは耳のようで、緑谷と砂漠の間にある草原にいる小動物に良く似ていた。
「わたしの名は月故(つきこ)と申します」
 見上げる瞳は鮮やかな赤。「お嬢さま」とお揃いなのだと「彼女」は言っていた。

「お客さまの御髪はまるで今時分の夕陽の色のよう。でもお嬢さまの永遠に続く夜のやみのような黒にはかないますまい」
「そのゆらめく炎のような瞳も素敵。でも、お嬢さまの凍てつかせた炎の宝石のいろにはおよびますまい」
「無礼だぞ。控えよ、娘」
 当然、少年騎士はいきりたった。
「でも」
「お嬢さまの目に見えぬ触れられぬ翼は、さすがにそのお綺麗な翼にはとどきません」
 翼を誉められて喜ばないケトワールはいない。なかなか大事な所をおさえている物精だった。

「おまえのあるじが羨ましいよ」
「なぜでございます?シユウ姫さま」
「何故って、ユェンユェンを生み出せる想いを持つものなどそういない」
「いいえ、わたしを生み出したのは、〈わたし〉の想いでございます」

 黄昏に出逢った小さな歌姫は、一夜の宿を借り、一晩の語らいを土産に暁と共に去っていった。

「……聞いておいでですか、姉上?」
「ああ、聞いているよ」
 シユウ・ランカ・エルダールは弟の声で物思いの淵から還る。あの日から幾度の夜を数えたか、少年騎士は青年騎士になっていた。見習い騎士から守護騎士へ。火雫の里が月華軍に与したことで黄都内の火雫の司族は風当たりが強い。黄金皇帝への忠誠はその働きをもって示さなければならない。
「影楼騎士は強いのだろうな」
「魔族など、一掃して御覧にいれます」
「頼もしいことだ。もし我が家の先祖に会ったならよろしくいっておいてくれ」
「……では、いって参ります。姉上、いつまでもどうぞお変わりなく」
「どういう意味だ」

 一番に可愛がっていた弟の──最後になるかもしれない──後ろ姿を眺めながら、シユウはふと口に出す。
「もう一度、おまえの唄が聴きたいな、月故……」
 かすかな呟きが届いたか、彼は頭をめぐらせる。
「それは……あの流れの歌姫のことでしょうか」
「憶えていたか」
「はい。珍しいですから。姉上が誰かの事をたびたび思い返されるのは」
「わたくしは……いや、いい。言われてみれば、そうだったな」

 
 ではではすこしの間だけ
 耳をお澄ませくださいませ
 月故はいつでも唄っておりますれば
 星々も息をひそめるような
 月のあかるいこんな夜には
 わたしはわたしとあなたと
 想い出をおはなしするのです
 なつかしいわたしなつかしいあなた
 なつかしい想い出
 さながらそれは夜毎の月
 のぼる陽に似て
 わたしの唄はつきることなく
 
2001・3・あり

 ●キャラ登録時プラテル。
さっそくだくてんまるさんチのツキコ・カナルさんにお出まし願ってます。弟君は設定だけのヒトです。
とりあえずこんな感じです。

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