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ELIXIR VEDA0 プラリア1
『ラティのはじまりものがたり』

 世の中の女の子が一度は夢見ること。

『おおきくなったらきっと王子様が迎えに来てくれる』
 
 それで、世の中の母親はそんな娘のほほえましい夢物語にちょっと自分の幼い頃を思い出したりして。笑っちゃいつつもうなずいてやるんだ。そうだといいわね、って。

 でもラティの母様は違うと言った。
 母様の言い分はこう。
『あなたが迎えに来てくれるのを、ずっとずっと待っている人がいるのよ。だから行ってあげなさい、その人のところへ』

 見上げる母様はラティと同じ柔らかい金の髪にアメシストの瞳。やさしく微笑んで。最後にいつもこう言う。

 ラージュを頼むわね。

 ラージュって誰?
 訊こうとしたところでいつも目が醒める。

〈あーさあーさあさあさ〜〉
 ひとっこひとり住んでやしない野原の木陰にサーフソードひとつ。それをベッドがわりに毛布一枚ひっかぶって野宿というらしい豪快な人物の頭のあたり──毛布の切れ目から金色の髪が見えるのでそこが頭で間違いないだろう──にちょんと乗った小さな人影。トンボ羽のそれは見る人が見れば魔物退治で賞金稼ぎ屋アレスターのパートナーであるピクシーだと見当がつくだろう。
 ただ、姿と声からして男の子らしい。ちょっと珍しいオプション選択だ。
「てぇか、そんくらい分かるわよっ!」
 ばっちん。
 眠り姫のお目覚めである。
 姫というからにはその人物は女性、しかもまだ十二、十三歳の少女であった。
 煌めく長い金の髪に朝日に透ける紫水晶の瞳。
 はっとするくらい可愛らしく将来有望そうな顔だち……が、今のセリフと寝起きの不機嫌な表情とハエタタキのごとく相棒のピクシーをたたき落とした時点でもう台無しである。
 しかも次の瞬間毛布をかぶり直しているし。
 ハエもとい、ピクシーもしぶとく起きあがる。ただ、このままでは同じ轍を踏むことになるだろう。彼のラベンダーがかった銀の瞳がきらんと光った。
〈…………………………!!!!!〉
 ピクシーが何かした。と同時に、少女が耳をおさえてがば、と起きあがった。
「うるさーーーーいっ!!!!!!」
〈起きねぇオマエが悪いんだよっ〉
 どうやらこのピクシー、離れていても会話のできる特殊能力が付与されているらしい。相棒の頭の中に直接大声を送りこんだのだ。所詮チビ妖精、小さな身体から出せる声の大きさは知れているが、これなら関係ない。
 ……これは結構有用な能力なのだが、使い道に微妙に問題があるようだ。
 
 ぶうぶう言いつつ、ごそごそ起き出す少女。そのそばでピクシーがなにやら余計なことをいっては鉄拳制裁──文字どおり──を受けている。
 しまいに自分の身長ほどのサーフソードをよいしょと担いで──戦闘時に頭に血がのぼるとこれを大剣ばりに振り回すこともある──準備万端。
「さってと、ラージュ。次の目的地はどこかねっ」
〈知らねー。テキトーに行けばどっか出るんじゃねぇの〉
 
 ラティ・ラルジュ。それが彼女の名前である。
 それ以上彼女は語らない。
 ただのラティ。それでいいじゃないと。
 
 ピクシーの名前はラージュ。
 特に深い意味はない。思い出の名前をつけただけ。

「ねぇラージュ。ラティたちはどこまで行こうね」
〈さぁ。行けるトコまででいいんじゃねぇの〉

 抜けるような蒼穹には、見守るかのように白い月。

 このあと少女は星に出逢う。
 炎のように輝く、稀なる地上の星に。

2001.2.あり

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