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ELIXIR VEDA0プラリア2
『お花見大作戦』

 春真っ盛りアクアロード。
 融合魔物なんのその、メシのタネに名誉のために、アレスターはがんばります。

 各地の情勢の変化に伴って、賞金稼ぎであるアレスターは街々を転々とする。
 ここ、時代劇風都市アクアロードではそんなアレスターの為に格安の下宿を用意しているらしい。用意している。
 ここで問題になるのが「格安」という言葉である。家賃は確かに破格である。安い。
 ただ、それに見合った……。
「ボロさだわね……」
 平屋の集合体の一角──平屋じたいは横長に部屋が並んで一つの棟となっている──の角部屋。
 主に紙と(アクアロードの紙はその丈夫さで有名である)木でできた家の中──ちなみに地元民はここを長屋と呼んでいるらしい──。ワンルームというにもおこがましい土間続きの小さな部屋の真ん中に少女が転がっている。普段ポニーテールにしてまとめている金の髪はほどかれて、色褪せた畳に目にも綾に広がっていた。
「しょーがないよ、わたしらお金ないもん」
 金髪の少女の頭の辺りにぼーっと座り込んでいるのは、対照的に銀の髪を肩ほどでばっさり切ってある青みがかった翡翠の瞳の少女。
 二人して暗い天井を見上げている。
「……」
「……」
 外からは、春の陽気につられて出て来た人々のさんざめくような声。
 まるで壁などないかのようにはっきり聞こえるのがミソである。

 年端もいかぬ少女達だが、れっきとしたアレスターである。金髪がラティ・ラルジュ、銀髪がカルミア・ブレトランサス。
 アレスターの例にもれず、対魔物の切り札となるロステクを使いこなし、またそれぞれ光と火の魔法をあやつる。
 パートナーだって、もちろん。
〈オマエら若い女が真っ昼間からなにゴロ寝してんだよ〉
 さきほどから動こうともしない少女達に激励の言葉をかけたのは、二人とそう歳の変わらない少年。ついこの間まで暖をとるのに使っていた火鉢のふちに腰掛けるトンボ羽根の小さな彼はラティのパートナーのラージュだ。
 カルミアのパートナー、アルラウネのディルはパートナーのくせにおぼっちゃま気質で、「こんな貧乏くさい家はぼくのスタンスに合わないね」などと言ったきり出てこない。
「たまにはこうやって静かに過ごす時も必要なのよ。毎日戦いばっかじゃ荒んじゃうわ」
 カルミアの言葉に、まったく、といった様子でラティがわずかに首を動かす。
 ラージュもただ言ってみたかっただけのようで、それ以上の返しはなにもなかった。

 今日はこのまま日暮れを迎えそうだと、誰もが思っていたその矢先。

 部屋の裏手を通り過ぎようとしていた鼻歌がいきなりばきばき、という板壁の破壊される音に変わった。
「ああっ、部屋の補修は住人持ちなのよ!!」
 いやに的確なことを叫びながらカルミアが一息で駆け寄る。そのまま突き出ていた手を逃がさないとばかりにがしと掴む。
「あはは〜ごめんーちょっと伸びをしてみただけなんだよ〜」
 引っ張ると、短く刈られた茶色の頭がばきばきという音と共にあらわになる。
「ザック〜、あんた女の子の家の裏手で何やってんのよ!?」
「通りすがり通りすがり」
 壁から突き出た彼の頭の横手に立ってサーフソードを正眼に構えているラティを認めて笑顔は変わらず口調が速くなるザック・ベネディクト。
「まぁまぁ、ホントっぽいし、直させればいいだけじゃない」
〈通りすがりに他人の部屋破壊する怪力も困るけどな〉
「だからってねぇ」
「そうそう、もう許してよー」
「そーゆー態度がダメだっつってんのさ!」
 相方と相棒のフォローに当の本人が茶々を入れる。怒るラティ。あわや収拾がつかなくなりかけた時。
「速達でーす」
 配達のお兄さんが元気に入り口の引き戸を叩く。
「なによぉこんな時に」
 それでも律儀に受け取りに行くラティ。手紙というより書状の表面には達筆で『詫び状』と書かれていた。おもわずへたりこむラティ。
「……あんたのパートナーって……」
 ザックを振り返ると、彼は元気にうなずいた。「うん、秘密結社」
〈そーゆーテもあるのか〉
 ラージュが感嘆の声をあげる。
「違うでしょ」
 カルミアがそれに突っ込んだ。
 
 今日は一日これで潰れそうである。

「秘密結社がパートナーなのはザック君だけじゃないのよ☆」
 壁に空いた大穴からアイ・トクガワが顔を出した時、ラティとカルミアは昼寝の真っ最中だった。
 ちなみにザックは補修の材料の買い出しに行かされている。
「起きて〜」
 しくしくと泣きを入れるアイを見かねてラージュが主たちをつっつき起こす。
「あ〜アイ姐さん、こんにちは〜」
「ラティちゃん達、メルヘンヴェール狙いなんでしょ?」
 ずばり目当ての十二神将──融合人類と呼ばれる魔物の頭領。十二人いると思われる──の名を出されて、一気に目を輝かせ始める二人。
「そうよそうです!」
「うふふん、実はここだけの話なんだけどね」
 アイは穴から部屋に入り込もうとして穴を押し広げている。
 そして顔を寄せ合う三人。

『……メルヘンヴェールがこの並びに住んでるですってぇ!?』
「あぁっ、声が大きいー!」
 飲んでいた水(茶でないのはお金ではなく住人の配慮の問題である)をこぼしそうな勢いで叫ぶラティとカルミアをアイが慌てておしとどめる。
「確かな情報なのよー。でも、一人じゃ確かめるのもアレでしょ?」
「なるほど。一緒に組もうってわけね」
「それじゃ、さっそく出発しましょ!」
 カルミアはもう立ち上がっている。
〈待てよ、この並びって、この建物にってことかい?〉
 青紫の大きな花に乗った白いタキシードを着た少年がいきなり口をはさんだ。
「ディル!仕事よ!」
〈せっかちだな、待てと言っているだろう〉
「よーし、ひとがんばりしますか!」
〈ちょっと、作戦をだな……〉
 哀れディル、無視である。

「で、どうする?」
 目当ての部屋の前までは三十秒かからなかった。
 なにせ、同じ並びの反対の角部屋なのだ。
 辿り着いてみてから振り向くカルミア。
「とりあえず話すってテもあるわね、メルだし」
 あっけらかんとラティ。
「じゃ、こんにちはー♪っと」
 多人数の強みか、アイがいきなり口火を切った。
 昼なお暗い、小さな部屋。そのなかほどに華奢な少女の後ろ姿がぽつんとあった。
 三人にさっと緊張が走る。
 レースを多用したマーブルパレス風のドレスに、流れるように波打って輝く髪。
 その人物は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「あら〜、なにかご用ですか〜?」
 ラティとカルミアが同時にずっこける。
「シャ、シャロワ・レイテル……」
「はい、そうですが〜?」
〈マスターになにかご用でしょうか?〉
 戸の脇に立て掛けてあったホウキが喋った。パートナーのシャンデルだ。
 『細雪』シャロワ・レイテル。
 風術使いのお嬢様アレスター。素性はいいらしいが素行は悪し。最近はメルヘンヴェールのそっくりさんとして横行もとい名を馳せている。
「噂はよく聞いてたけど(良い噂かどうかはナイショ)御近所に住んでたのね……」
 どうしていいかわからず呟くラティ。
 アイはといえば、「ま〜たガセっすよオオサカホンブ〜」などと言いながら目は遠くを見つめている。幸いオチのタライは落ちてこない。
「あの〜、えーっと」
 現実逃避のラティとアイをよそにシャロワに問われて答えに窮しているのはカルミア。
「え〜と」
「……?」
 無邪気な瞳だが相手はシャロワ。うまく切り抜けないと何を言われるかわかったものではない。
「……お」
「お〜?」
 ディルは助けてくれない。成長の過渡期だとでも思っているのだろうか。
「……お花見にいきませんか?」
 ………………。
 ガン、ゴン、ガン、げしっ。
 頭上にどこからともなく金ダライが落ちてきた。お約束で一同全員倒れふす。オチがついたようだ。
「ベタベタだけど、ヨシ!」
 アイがこっそりつぶやいた。

「……というのが今回の顛末でね」
「そうだったんだ〜」
 ラティの締めくくりに、ザックがうなずいた。
 あれから数日後。
 みんなは病院にいた。
 何があったかは皆あまり語りたがらない。
 というか憶えていなかった。

 なにせしこたま呑んでいたから。

「よかったぁ〜、僕その場に居合わせなくて」
「お花見大作戦……うん、いい案だったのよ」
 ラティは瓦礫の下から掘り出されたときも握って離さなかったというベルを見つめた。
「でも残ったのはラティとこれだけ……」
「「「いや皆生きてますって」」」
「それに発案は私ですのに〜」
 ほうぼうから同時に抗議の声があがる。
「いやでもみんな無事でよかったじゃん」
 ザックが笑う。
「もとはといえばあんたのせいじゃコラー!」
「それは八つ当たりだよー!」
 その通りである。

 とまぁ、こんな感じで。
 地上におちた星のかけらたちのお話は続くのである。

2001.4.あり

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