剣の花嫁 BRID OF BLADE プライベートリアクション
アリーク・イーオスローズのプラリア1

 あれはいつのことだっただろう。
 どこまでも降り続く雪の日だったことだけは憶えている。

 いまだ神々の加護深きストラガルズ大陸。冒険者もまた多く、己の力を試し、まだ見ぬ神々の神具を求めて旅を続ける。
 今日、この小さな街に宿を決めた一家もまた冒険者なのだろうか。

「ゆきだゆきだ!ねえ、ぼくちょっと遊んでたい!」
 まだ三つになるかならないか。緋色の髪に菫の瞳の小さな男の子だ。今とったばかりの部屋に入り、両親が荷物を置くか置かないかのうちにまた外へ飛び出していこうとする。
「アリーク、雪は逃げたりしないよ」
「そうよ、夕御飯を食べてからにしなさい。せっかく、今日はアリークの誕生日なんだから」
 両親の苦笑混じりの言葉も上の空だ。この小さなオルニスの少年は。
 そう、この若い夫婦も男の子も、背にしろい翼を負っている。謹厳にして誇り高き空の民の証だ。
「しかし、よく降るなあ。家のほうじゃあここまでは積もらない」
 食堂へ向かう道すがら、窓の外を見やって父が言う。
「あら、そんなに珍しいなら、あなたも食事の後はアリークと一緒に遊んでらしたら?」
 母はわざとらしく口許に手をやり、くすくすと微笑う。
 二人の二歩手前を走るアリークは、仲の良い両親をたまに振りかえる。
「やった!雪合戦しようよ、父さん」
「いいが、父さんは強いぞ?」
「ぼく負けないもーん」

 ささやかな幸せ、変わらぬ日常。

 なぜ、見つけることができたのか。今でもわからない。
 ただ、声が聞こえたような気がしたのだ。
 家々の明かりも遠く、降りしきる雪の中。
 沈黙の夜。
 音なき風の運んだ、声なき声。

「父さん、来て!赤ちゃんがいるよ!」
 
 父を呼ぶ前に、抱き上げようとした。雪に溶けてしまいそうなほど、かぼそく白い赤ん坊。印象に残る、紅玉石の瞳。

「なぜこんな……赤ん坊が」
「しかもオルニスの同胞ではないか。一体どんな理由があれば、子供を雪の中に置き去りにできるというんだ」
 見守る少年は、小さく両親に問いかける。
「ねえ……その子、どうするの」

「ねえ……ねえってば、兄様っ!」
「うわっ!なんだ、エアリィか。なにか用なのかよ」
「うーうん、呼んでみただけ」
「………………」
 白い翼を持つ少女は、アリークから離れるとくるりと踊るように身を舞わせる。頭の上でまとめてある銀の髪がそれにあわせて煌めき揺れた。
「ねえ兄様。パパとママはいつ帰ってくるのかな?」
「さあ……どうかな」
「ねえねえ、また二人だけで旅に出ちゃおうよ。エアリィ、船に乗ってみたいの」
「そーだな。旅か。いいかもしれないな」
「うん!エアリィ、準備してくるね!」
 え、すぐ?訊きかえそうとした時には、妹は既に扉の向こうに消えていた。
「仕方ないな……」
 しかしまんざらでもなさそうに笑うと、アリークは席を立った。
 旅は、冒険は彼らの変わりなき日常なのだから。
 ふと、窓の外を見る。
「もう、春なのにな……」

 雪が降るたびに思い出す。
 あの日も雪が降っていたから。
 
 あの日、妹ができた日。

2000.4.あり