レジェンドオブロマンシア ジアリ・ピアリ・イアリのプライベートテイル
星をつかんで とらわれた
けれどいまは みえないの
どこにある どこかにある あたしの星…
いまでも憶えている。冬の空、天虹。ティタニアの祭り。大きなかがり火と、集い、歌い、踊る人々。
そう、旧聖王国領では自分達のための歌舞音曲が禁じられていた。見つかれば見せしめに処刑されるという。ここ辺境ではそのしめつけも緩いものだが、獣魔将軍が在所する聖都にあっては一体どうなっているのか。たぶん、想像どおりなのだろう。
故国を救いたい。祭りの喧噪のなかをひとり、エリオット・カーソンはつよく、思う。
「わっ」
エリオットの足下を何かがすりぬけていった。このあたりでは見かけたことのない灰色の、ねじけた尻尾の猫。
数歩ぶん先で振り返り、その猫は彼を見つめる。
エリオットがが見つめかえす中、猫は闇に銀に輝く瞳をついとそらし、炎の輝きの届かない闇へと溶けていく。エリオットは我知らず追おうと足を踏み出しかけた。
「おやめ、エリオット」
いつからそこにいたのか。声をかけたのは月と狼の紋章を胸に下げた、村のムーンカニス祭司の老婆だった。聖王国でもこのような辺境の村では、祖霊の頂点たる光の神々よりも氏族の祖霊そのものへの信仰が篤い。
「あれは生身の生き物ではない。おそらく」老婆はちらと灰色猫の消えた方を見やる「不吉なティタニア支族の祖霊だろうよ。ついていってはいけないよ。捕まって、戻ってこられなくなる」
エリオットはやはり気になって、灰色猫の消えたほうをもう一度みようとして。
炎に照り返る、琥珀の黄金色。子供。ちいさな、女の子。ティタニア? 目が合った気がした。けれど行き交う人に小さな姿を見失い、もういちど目をこらしてもどこにも見当たらなかった。
「さあノリス君、ここがキミの家だと思ってもっとくつろいでくれ」
上機嫌の祖父エルビスに、半妖だという旅人の若い男が真面目な顔で答える。
「エルビス殿、世話になる」
村を訪なったティタニア――や、彼等についてきている旅人――たちは、広場や村はずれに自前の天幕を張ったが、個別に村人と意気投合したものはそれぞれ家に招かれたりもしていた。エリオットの家ではたとえば、彼の祖父とこのノリス・ベルーガ・フューリック。さきほどまで外でさんざん呑んでいたのに、また酒盛りをはじめている。窓の外ではまだかがり火があかあかと焚かれて、祭りはおそらく朝までつづくのだろう。
そのかがり火がたくさん近付いてきた。
「あれ……?」
つづいて、扉を乱暴にたたく音。「カーソンさん!」
「村長の声じゃな。なんじゃ一体」
さっきとはうってかわって不機嫌な声で祖父が立ち上がる。もと聖剣騎士だったエルビスは引退時にいまは亡き聖王から故郷であるこのあたりの土地を拝領したが、羊を飼うのにかまけて政治的なことは別の者にまかせていた。こうして村の有力者が相談にくることはあるが、よほどの緊急時でないかぎり祭りの、しかも夜中に訪ねられることなどない。
「カーソンさん、……悪魔が出ました。ティタニアのなかに混ざっていたようです」
「……夜狩りをするつもりか?」
たとえばこんな時だ。
玄関先で深刻な話をする村人達を見ていたノリスがエリオットに問う。
「このあたりは悪魔帝国の占領地と聞き知っておるが……支配階級であるそれを狩ってしまうなど、よいのか?」
「おれもよく知らないけど、はぐれ悪魔は狩っていいことになってるんだって……」
「そういうものなのでござるか。まあ悪魔だからのう」
いまいち納得できない顔でノリスがつぶやいた。一方エリオットはじっとしていられない。父も聖剣騎士だった。もう何年も前、悪魔帝国の侵略戦争の際に王国の為に戦い悪魔に殺されたのだ。その悪魔を非公式とはいえ成敗できる機会をのがすわけにはいかない。
「じいさん、おれもいきます。いいでしょう!?」
「ダメじゃ!お前のようなアンチェインでもない若造が、悪魔と戦ってどうする。犬死にがせいぜいじゃぞッ」
勢い込んで訴えたが、祖父の一喝であえなく玉砕した。
「……とにかく夜は悪魔の力も増す。寝ずの番を立てて、朝まで待つのじゃ」「はい……」
村長以下がしぶしぶながら立ち去り、扉が閉められる。
「エルビス殿は行かないのでござるか?先程もと聖剣騎士と聞いたが、アンチェインであろう?」
おおきくため息をついた祖父にノリスが素直な疑問をぶつける。こういった事態には夜だろうがなんだろうがアンチェインが率先して動く。当然のことだが人類の守護騎士として尊敬されるゆえんのひとつだ。
「今夜の内に連中が自分達で始末をつけるじゃろうよ」
「何故。彼等は普通の人間であろう。危なくはないのか」
ノリスは掛けていた椅子から腰を半分浮かせている。いつもたばさんでいる長刀は伊達ではないのだろう。彼もアンチェインかもしれない。
エルビスはもういちど、ため息をついた。
「狩られるのは半魔じゃ」
絶句するノリスとエリオット。
「半魔……ティタニアの中に……では」
ノリスはこの村まで同道したであろう人々の顔と、そのうちの誰かの運命を思い浮かべているのだろう。顔が青ざめている。
「どうして!半魔は、半分悪魔だけど、半分人間で」
言いつのるエリオットを、祖父は手で押しとどめるようにして制する。
「ここも悪魔の占領地なんじゃ、エリオット」
「なるほど、うっぷんばらしの機会を逃しはせぬということか」
半魔も半妖も、どちらの親の種族からも庇護を受けられない。そして力弱い半魔は狩られるのだ。
そのまま寝ていられるわけがない。
とっとと身支度をして、窓から抜け出す……ためにロープをベッドの足に結び付けていると、隣の部屋の窓が開く音がした。
「おぉ」
顔を出すと隣の客間の窓からちょうどノリスも抜け出すところだった。
「見るといい。まだ森のあちこちで明かりが動いている。追い立てる犬と人の叫び声も聞こえるぞ、急げばまだ助けられるかも知れぬ」
ノリスが指す方向をエリオットも見たが、かすかな赤い火しか見ることができなかった。目の前の森は黒々と黙していた。
「あっ」
見ればノリスはどうやって降りたのかもうエリオットの部屋の窓の下にいた。手を軽く振って、風のように森へ駆けていこうとする。
「ま、待って下さいっノリスさん」
ティンクルテイルの灰色猫
ねじれたしっぽはどうしたことだ
長いしっぽが自慢の灰色猫
星に恋して虹をのぼった…
「猫だ……」
ノリスが独り言のようにつぶやいた。
…ほしからのおくりもの
その輝きは至上の光
灰色猫のしっぽに宿る…
二人の目の前をいつのまにかさっきの灰色の猫が走っていた。まるで先導するかのように迷いなく走っていく。
猫の行く先はノリスが見当をつけた場所と一致していた。
…みんなが欲しがるそのひかり
灰色猫はしっぽをふりふり地上を歩く
光は世界にとびちり 満ち満ちた…
もうエリオットにも赤い炎がはっきりと見えた。歌声もだんだん大きくなってくる。
…さあ つかまえた
しっぽをねじきれ 光をその手に…
けれどもう村びとの声も、猟犬の吠え声もなにもしない。
ノリスが放たれた矢のように一気に駆け出した。灰色猫といいかげん走って疲れたエリオットを追いこしていく。
…灰色猫、さいごの力をふりしぼり
贈り物を天へとかえす…
「ねじれてしまったそのしっぽ、きょうもふりふり灰色猫は空を見る。いつかまた、星へ行くその日まで」
エリオットがたどりついたその時、ちょうど歌が終わった。
「うまく唄えたよね、セレネーラちゃん」
「そうだねぇ、うまく唄えたよね、イアリちゃん」
ノリスが静かに立つそばで、年端もいかない小さな女の子が二人、倒木に並んで座ってにこにこしていた。
たいまつが地面に落ちて下生えを燃やしている。
祭りで見た琥珀の目の、夜目にもあざやかな銀灰色の髪の女の子と、火に照らされてさらにあざやかな赤紫の髪の女の子。赤紫の髪の子の方が髪が長い。灰色猫は銀灰色の女の子のところへ行って、ひざの上にのってまるまった。
「他の人は……?」
長いことかかって、エリオットはやっとそれだけ口を聞けた。
「しらなーい」
「どっかいっちゃった」
「どっかやっちゃったのかもじゃよー」
「そうだねどっかやっちゃったねぇ」
明るい応えがかえってくる。
「はぁ……」
それだけ返事をできたエリオットの肩を、それまであちこち辺りを見回っていたノリスが寄ってきて叩いた。
「エリオット殿、帰ろうぞ」
「はぁ、でも、村の人が」
ノリスは言いかけたエリオットの肩をがっちり掴んで黙らせる。
「『どっかいっちゃったんじゃよー』」
怖い顔でそれだけ言った。
次の日の朝になっても、昼になっても、夜になっても、次の次の日の朝になっても、はたまた一週間経っても、夜狩りにいった村の男達と村長は帰って来なかった。
エリオットが荷造りしている。旅の荷物は軽く、ずだ袋ひとつ。
「何してるのぉ?」
イアリが訊ねた。
「街に行って、帝国へのレジスタンスに参加するんです。ノリスさんもついてきてくれるって。昨日食事時に話したでしょう」
「きいてないんじゃよー」
「……そうですか……」
少女達はエリオットとノリスについてきた。灰銀の髪がイアリ、赤紫の髪がセレネーラ。本名かどうかはあやしい。
そして食事と寝るために屋敷に帰ってくる時以外は村を好き勝手に歩いていた。そして村びとに迷惑をかけていた。特に祭司を怒らせるのが得意だった。
「あたしもセレネーラちゃんと旅に出るんじゃよー」
イアリはにやにやと……可愛くいえばにこにこと喋る。
「……そうですか……」
心底からの安堵。袋の口をひきしぼる。
「……って、なんでおれの部屋のもの勝手に袋につめてるんですかっ」
次の日の朝――ちなみにこの日の朝も行方不明の人々は帰ってきていなかった。たぶん、永遠に帰ってこないのだろう――二組の旅人が旅立つことになった。
「では、いってきます」
「うむ、元気でな」
「ご子息のことはおまかせあれ」
「じゃあねぇ」
「ばいばーい」
村の門を出たところで旅人は三組になった。
「あれっ!?」
「おぬしら一緒に行くのではないのか!?」
意表をつかれてうろたえるエリオットとノリスに、別々の方向に別れて歩き始めていたイアリとセレネーラが振り向いて同時に手を振る。
「そうだよ、一緒に旅に出たのじゃよー」
「さよなら。あなたの星を掴んでね、お兄さん」
言い残して、そして背中が二つ、小さくなっていった。
見送るエリオットの足をちょいちょいと何かがつついた。見ればあの夜以来どこかへ行っていた灰色猫。ととっと先へ進んで、また振りかえる。
ついて来いかということだろうか。エリオットがおもわず周囲をみまわすと、祖父のとなりにいた見送りのムーンカニス祭司がすごい顔で猫を睨んでいるのが見えた。
思わず吹き出しそうになったが心が決まった。苦笑いの表情のまま灰色猫に言う。
「さようなら、元気でね」
にゃー。
またね、と聴こえた。そして猫はかすかな光をのこして消え去る。
「さてエリオット、行こうか」
ノリスが言う。エリオットが微笑んでうなずいた。
「そうですね、いきましょうノリスさん」
大陸暦497年のことである。
おわり
2004.4.10
■PC一覧
○ジアリ・ピアリ・イアリ(マンカインド・眠り猫座・J2→A1→L2・昔の名前で出ています)
○セレネーラ・ムゲーテ・ネメシア(半魔・大鷲座・L2・友情出演)
○エリオット・カーソン(マンカインド・将来の大鷲座・元M2・巻き込まれ主演)
○ノリス・ベルーガ・フューリック(半妖・獅子座・元M2・打ち上げ花火出演)
ロマ伝で唯一のまともにプラテル、つまり既成事実創作。2004.6.3
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