LINKのためのプライベートリアクション1
『レスエト・カートの遠いプロローグ』
「この洞くつの奥に、異世界への「穴」があるのね」
波打つ黒髪をかきあげながら、母さんが言った。
「まさか地震で地形が変わってたなんて、予想もできませんでしたよ」
のほほんとしたいつもの口調と微笑みで、父さんが相づちを打った。
「これでウィズダムに帰れるのね」
「いいえ、フェルクラートのどこかの世界に繋がっているというだけで、ウィズダムのあるティエルに行けるというわけでは無いのですが」
目を輝かせる母さんに、父さんが遠慮がちに言う。もちろん母さんはそんなこと聞いてやしない。父さんは、困ったな、でもまあいいや、ってな素振りを見せた。
困ったもんだ。
ここはコンクエスという世界。
本当はフェルクラートという大きな世界の一部だということが、十数年前の大事件によって広く知られるようになった。このファフニース国では、それは「建国王の迷宮」に冒険者達が挑んだ物語として知らない人はいない。運がよければ諸国漫遊中の「救世王」御一行にも出会えるし。
その冒険者達は、異世界からやってきた。うちの母さんもそう。
ただ、普通の手段では世界の狭間を越えることはできないらしくて、彼等は失われた世界の忘れられた種族の特別な乗り物を使って行き来していたみたい。
でも、そもそも行き来できていたのも母さん達がいたのと別の小さな世界で起きていたある事件事象のせいらしくて、それが解決しちゃって、世界は閉ざされることになった。
母さんを含めた、ごくごく一部の冒険者はさまざまな理由でこの世界に残った。
母さんは、冒険の最中に出会った父さんと一緒にいるため。
そして時は経つ。
「実家に帰りたい」
一家にとっての新しい事件の発端は、母さんのこの一言だった。
あ、別に父さんと喧嘩したとかそういう意味じゃ無くて、母さんの両親つまりおじいちゃんとおばあちゃんに夫と娘を紹介したくなったらしい。どうしても。
でも手段がない。母さんが頼みにしたのは伝説。昔、母さんのいた世界ティエルができたばかりの時には、他の世界と行き来できた。それだけでその気になったわけじゃない。最近出会った元冒険者。当時その人が訪れた世界では、異世界に通じる「穴」がぼこぼこ空いて大変だった、と。
それはここにも、この世界にもあるんじゃないの、そう思わない?
勢い込んで父さんに話す母さん。母さんのあてが当たったためしないよね。そう言おうとした矢先に、父さんの微笑みの一言。
「そういえば、そんなものもありましたねぇ」
かくして、父さんは文字どおり首根っこをひっつかまれて案内させられた。
「まだあるかどうか、わかりませんが」
誰も聞いていないみたいだよ、父さん。
「光よ!」
母さんの杖の先に明かりが灯もる。母さんは術士、魔法使い。
「父さんはなんだったの?」
これで何度目になるかわからない質問をする。
実は、父さんと母さんの馴れ初めはまだ詳しく聞いたことがない。冒険の途中で出会ったにしては冒険者仲間、という感じはしない。父さんは謎の人だ。
そういえばこないだ会った元戦士だったっていう人は、母さんを見て「あっ」と言い、父さんを見て「ああ」と言い、こっちを見て「げっ」とうめいていた。
……「げっ」って何の……?
「でもさ、凄いよね。そんな何百年も前のこと知ってるなんて」
そう、このコンクエスの歴史やら伝承やら地理やらにやたらと詳しいのだ、父さんは。
こっちから聞かなきゃ教えてくれないけど。
「暇でしたから」
にっこりと父さんが答える。父さんはいつでも笑みを絶やさない。
そしてとらえどころのない物言い。
「ふうん……」
無意識に首飾りをいじる。もう要らないから、と母さんから貰ったものだ。銀のプレートに、鈍く光る青い丸い宝石が嵌まっている。
コンクエスに落ち着いた冒険者達はみんな、多少の違いあれ同じような宝石を持つのですぐに見分けがつく。
たまご、と呼ばれていたらしい。
ごん。
「あいたっ」
明かりを持って先頭に立っていた母さんが、急に低くなった天井に頭をぶつけていた。危ないなぁ。
母さんは気が強い方だ。そしてはっきりと物を言う。
母さん似なんだろうなぁ。
「げ、水たまり」
片足をおもいっきり突っ込んでから母さんがつぶやいた。今度は、足下の注意がおろそかになっていたようだ。
うっかりぶりまで似たくない。
「父さん、おんぶ」
「はいはい」
父さんの暗めの金髪が目の前に来る。短く切ってあるそれは、魔法の明かりを透かして綺麗だった。
あたたかい背中に顔をおしつけると、自分の髪が落ちかかってきた。父さんにも母さんにも似ていない、色のない髪。
そして……自分じゃ見えないけど、やっぱり似ていない色のない目をつぶる。
「父さん」
「何ですか」
「これからおじいちゃんとおばあちゃんに会うんでしょ」
「そうなるんですかねぇ」
「父さんも初めて会うんだよね」
「ええ」
「どんな気持ち?」
「んー……よく、わかりません」
「母さんの家族だよ。ほら、緊張するとかさあ」
「今のところはなんとも。実際に会ってみれば何かわかるかも知れないです」
「変なの」
「……」
次の言葉を言った時の父さんの表情は、母さんしか見ていなかった。
いつもの口調でさりげなく言われたそれが、どんな意味を持っていたかなんて知る由もなかった。
推測は、もちろん外していた。やっぱり母さん似だった。
そこは知らない場所だった。
父さんと母さんはいなかった。
「穴」はあった。ちゃんと。三人でそこに飛び込んだのは憶えている。
瞑っていた目を開いたらこうなっていた。握っていた手はそのままの形で。繋いでいたはずの手はかき消えていた。
「うそだ……」
夜になっていた。
知らない星空、見たことない植物、なじみのない空気。
たった独りだと、あのわくわくする気持ちはわいてこない。
遠くに明かりが見えた。
「母さん」
違う。見慣れた魔法の光じゃない。
家の明かり。旅から旅へと暮らしてきて、あまり縁はなかった。でもいまは。
レスエトは歩き出した。
物語はつづいていく。新たな旅がはじまる。
はじまりも終わりもない、おおいなる輪にむかって。
それは生き続ける限り。
2002.5.25
今からちょうど三年程前のプラリアです。1999年春ですね。蒼球のアリルちゃんの原型になったコの為のおはなしです。めぐりめぐって、彼女がひょっこり現れました。さて、どんな物語を紡いでくれるんでしょう。
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