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はじまりのエアギアスプライベートテイルその2
『ゴル子ちゃんとわたい』
出会いと別れのある街、交差点あるいは分岐点
そんなところが世界にひとつはあるらしい
旅人達は足をとめるその街で出会い、別れ、そして通り過ぎてゆくのである
ロノンロノンばかりの冒険者集団、つぼつぼ団。
つぼつぼという呼び方は、歳若いメンバーがそれとなくはじめた呼び方だそうで、四五歳が平均寿命のロノンロノンの中で齢五十を数えるありえない団長ターリン・ノーリンがいつも浮壺にのっているからだということははた目にもなんとなくわかる。
そう、つぼつぼ団のメンバーはみな若い。特にロノンロノンは少年少女といっていい。おもに団長がふたりして平均年齢をひきあげている。みんなここ数年の間にターリン・ノーリンに勧誘されたり誘拐されたり団員認定してきたそうで、うわさではメンバーは全員ターリンが産婆としてとりあげたとか、いや出産に立ち会っただけだよーーそれってカルロ・ゼン(四三歳)も?ーーとか、あやしげな伝説の一つ二つがささやかれている。
そういうわけで、ゴール・コール・カティアンがターリン・ノーリンと出会ったのも、ごく最近の事である。
「痛ェー!腕が折れちまったぞコラァ!!」
「あぁん?ぼさっと歩いてるあんたが悪いんでしょうが」
エルセリア王国にて交易で栄える虹の都市フィルイリス。商業区に程近い賑やかな通りで、道行く人々の流れを一瞬でまっぷたつに寸断するようなやりとりが響いた。
二の腕を押さえて大げさに痛がってみせているのは人間の巨漢、彼が見上げているのは大きな翼の天遊族でもすっぽり入れそうなほどの浮壺に乗った、蜂蜜色の長い髪のロノンロノンのーー少年か少女ーーワンセットで双子だ。
ただ、壺は人の頭の高さほどに浮かび、あまりに間近に迫っているので男には蜂蜜頭も見えないかもしれない。
フィルイリスの民はお祭り好きと情報命の商人とこの御時世に出歩く観光客で構成されている。つまり物見高い。あっというまに人垣ができあがり、そこで素早く交わされる情報によると、壺がぶつかったぶつかってないというのが喧嘩の原因らしい。
その間にも男と少女ーーつまりターリンであるーーは壮絶な罵り合いを続けていた。おおかた、男がありもしない怪我の治療費でもふんだくってやろうという心づもりで粘っているのだろうということで見解が落ち着いている。
「何見てんだコラァ!」
その膠着状態が突然崩れる。言い負かされかけた男が矛先を突然に野次馬に向けたのだ。みんないっせいに目をそらしたり本来の用事に戻っていく中で、
「おうネーチャン何か用でもあるのかい」
男の恫喝に近い問いかけに、にこやかな笑みを返す妙齢の女性が一人。
「こんにちは、私ゴールと申します」
品の良い光沢の布地をふんだんに使いイリス湖の碧色をした仕立てのよいドレス。
毎日召し使いが梳いているのであろう、腰まである透き通ったオレンジの髪。そしておっとりした物腰、あきらかに貴族の娘である。
それを見て取って、男の口の端に笑みが浮かんだ。
「お嬢さんよ、見ての通りだ。このガキがぶつかってきやがって怪我ァさせられちまったのに、てめぇの不注意だから治療代は出さねぇなんていうのよ」
ゴールは真面目そうな顔でうなずいている。壺の上のターリン・ノーリンもうなずく。
「お嬢さんはこの街のお貴族様じゃあねぇのかい?哀れな庶民のためにちぃとばかり工面していただけないかねェ?」
誰もがゴールは出すと思った。壺の上のターリン・ノーリンも固唾を飲んで見守る。
そしてゴールは出した。
「んまー、おかわいそうに。で・も・こぉんな小娘にたかる根性が見上げてよいのやら見下げ果てたものなのやら。仕方ありませんわね〜、ありがちですけど実際に見ますとよいネタになりましたし、少しくらいはお代として出してさしあげてもいいですわ〜」
声の響きに嫌味や皮肉は全くといっていいほどない。
それだけに強力であった。こいつは強敵である。
「こ……!のォッ……!!」
男が激高する。
そしてゴールがいくばくかの金を差し出し、男が今にも殴りかからんとする抜群のタイミングで市民の通報を受けた水晶騎士が介入した。
水晶騎士にも態度の悪かった男は詰め所でたっぷりしぼられ、ついでに数日宿泊もし、その後赤の関の外へほうり出された。そして壺のロノンロノンは、なぜかタント・アウグーリオの貴族に身元を保証されておとがめもなく釈放された。
ーーというのが表向きの顛末である。
ターリンの浮壺が人の上半身ほどの高さで浮壺なりにかなりのスピードで通りをとばしていて、ぶつかられた男は本当に腕の骨を折る怪我をしていて不憫に思った水晶騎士がパートナーの巫女に頼んで手当てをさせたなどの心あたたまるエピソードがあり、この真実が広まるにつれて市民の声によりフィルイリス市街路におけるエア・オデュールの高さ規定速度制限法の制定につながるのはもう少し後の事である。
○
「わたいはターリン・ノーリンっていうのよ」
二人の人とひとつの壺が並んでいる。ゴールの隣にいるのがターリンかノーリンかは本人達にしかわからない。
「私はゴール・コール・カティアン。親しいものはゴル子と呼びますの。もの書きをしておりますわ」
この双宝石の何が気に入ったのか、なんとなくついてきているゴール。彼女ほどの生まれ育ちになると、知らない人についていってはいけないとは教えられないものである。カナメもそうだったと双子は回想する。
「へぇー。ねぇねぇ、わたい達旅の冒険団やってるんだけど、それってものかきのネタにならないかね?」
ぱっ、とゴールのアクアマリンの目が見開かれた。しめきり間際に妙案がひらめいたときのように。
「んまー、冒険団。それってよいですわね。私も仲間にいれていただきたいですわ」
その言葉をきいてターリンとノーリン、別々の方に向いていたその顔が同時にニヤリと笑った。片一方はゴールの方に向いていたのだが、ゴールはまっすぐに受け止める。たいしたタマね、と評価がさらにあがる。なんの評価かは本人達にしかわからない。
「キマリね。ゴル子ちゃんつぼつぼ団に入団!わたいのことは元締めって呼んでちょうだい」
「わかりましたわ、団長〜」
「元締めよ」
元締めと呼んで欲しいらしい。
「あら〜、団だから団長ですわ〜、団長〜」
「………………えーと、わたいたちが冒険で仕入れたネタをゴル子ちゃんに提供するから……」
「それでは私は冒険のための資金を提供いたしますわ〜。まあ!これってパトロンですわね〜いいですわ〜一度やってみたかったんですの」
ゴールはぱむ、と手を打ち合わせる。話をとられたターリン・ノーリンはしかし、おやつの請求書はミコトのため今までどおりアルベール家にまわそうと真剣に考えていた。その頃遠くイスティークのミコトはくしゃみをしたりはしない。
「あ、そうですわ、パトロンなんですからもの書きとしての私のペンネームもお教えしておきますわね。ミスト・グッドモーニングと申します」
パトロンはともかく、ゴールはベストセラー作家のペンネームを名乗った。
「へぇー。知らなかったわ」
向こうから来た文屋が脇で盛大にコケたが双子には気付かずに済んだ。
文屋の向かう方、通り過ぎてきた書店で大々的に売り出されていたのがゴールの新刊である。
そして文屋(仕事中のラクガン)は夕食の席で団長に流行の遅れを説いて翌日ミスト・グッドモーニングの既刊を集めに走らされるはめになる。
このあとふらふらした挙げ句ゴール邸にたどりつき、しっかりお茶とおやつをいただいたあと新刊をもらって新入団員の知らせと共にターリン・ノーリンは華々しくアジトに凱旋することになる。
つい、最近の話である。
出会いは偶然ではないと誰かがいった
でもその出会いがどこへいくかは誰も知らない
おわり
2004918.ありこ
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