|
はじまりのエアギアスプライベートテイルその1
『ターリン・ノーリンの個人的なあれこれ』
薄い色の空の下の峨々たる峰、堂々と聳える華炎山。途絶えることのない噴煙のなか垣間見える炉の炎。
故郷を思い出す時は、いつも同じ景色だ。
最後に振り返ってみる景色だ。
帰ってくる時最初に目にする景色だ。
心に灯りつづける、美しい火。
夜空の下、大きな湖のほとりの半島にある都市の、とある家の屋根につぼがのっかっていた。
浮壺操師のでかいつぼである。そこから身を乗り出して眼下の都市をながめるロノンロノンがいた。ロノンロノンは双子。二人でひと組の不思議な種族である。双子といっても別行動だったり似てなかったりいろいろあるが、これはそっくりで、いつも一緒にいるタイプのようだった。
額に輝く石は透明感あふれるオレンジ色のおいしそうな色。髪も金ともはちみつともつかない色の飴をのばしたようにキラキラさらさらしている。目も同じ色だ。夜なのでよくわからないが。
ここは虹の都市フィルイリス。いまは世界創世祭。
双子の名前はターリン・ノーリン。ターリンで、ノーリンだ。姓はわからずじまいになると思う。
ターリン・ノーリンは祭りをめいっぱい満喫して、ひと休みをかねて屋根の上で祭り見物ときめこんだところだった。こういうとき浮壺は役に立つ。おなかはくちいし、下はまだまだにぎやかだし、しあわせの絶頂にある。
近くの屋根で似たような境遇であろうにわか吟遊詩人が即興の歌を吟じはじめる。てきとうなメロディーラインに歯の浮くような歌詞だが、いまは祭りなのでそれすら好ましい。というか、許してやってもいい。
それが子守唄がわりになったのか、なんだか眠くなってきた。
いいや、寝てしまえ。祭りは明日も明後日も続くのだ。
とおく片隅で歓声とともにぱっと炎があがった。
闇に灯る炎。残像となって消えていく……。
*
*
*
ダルネセイド広場の中央に燃える聖なる炎。集う人々と祈る巫女達。厳かな神事も、下町へもどれば文字どおりのお祭り騒ぎだ。ターリン・ノーリンはそっちのほうが好きだった。はじめての、忘れもしない、あの華炎の双子祭。
(泣くんじゃねえおめぇら!お嬢と若の晴れ姿なんだ、笑ってお見送りできねぇのか!)
(でもあにぃ、俺らさびしいっすー)
(もう滅多にお会いできなくなるんっすよ!)
(しようのない子たちだね。いいさ、好きなようにさせておやりよ)
華炎の双子祭で華炎の巫女候補に選ばれた。カー・ミヤルラの地中神殿に降りるのだ。ぼろ泣きする家の若い衆に、たしなめる兄貴衆。彼らを慈しみの目で見守るおばあさま。
そして、それらを前に得意満面の笑みをうかべている、自分。すぐ隣にいる。
ターリン・ノーリンの家は鋼の都市の温泉街にあった。「自分」と、おばあさまと、あとおばあさまに従うたくさんの男女がいた。おばあさまは偉くって怖くって厳しくって、ギルドの長はみんな折にふれおばあさまに挨拶をおくってよこしたものだった。
もちろん、孫であるターリン・ノーリンには慈愛深く優しかった。慕う者もたくさんいたのだ。
巫女修行の間は会えなくなるだろうけど、いつか立派な巫女になって再会しようと思っていた。
……のだけれど。
(よいのですよ、還俗を許しましょう。そなたらはここに来てからどんどん元気をなくしていった。われらは大地の火を尊ぶが、そなたの火は風にあたらねば燃え続けることができぬ火なのだ)
巫女を辞したいといった双子に、巫女頭はこんなかっこいい言葉をかけてくれた。
家に帰ると、家は、なかった。
ぼっかりと何もなかったように空き地がひろがっていた。
お隣のお風呂屋さんによると、おばあさまが亡くなってほどなく一夜にして家も家の衆も消えてしまったのだという。困ってうろうろしていると、
(……お嬢様)
路地から家の使い走りだったラグラントの男が手招きをしてきた。まだ見つかっていなかった隠れ家に移動して、男が話したことはこうだった。
(コウリ様がある日突然おっしゃったのです。『シンキが逝った。自分も眠る』と。コウリ様はその日のうちにお亡くなりになりました)
(コウリ様を突然失って、動揺した隙をつかれたのでしょう。我らの『家』は討伐隊に密かに闇のうちに葬り去られたのです……)
(御両親のことでございますか?実は、我らはコウリ様にお子さまがおられるということも知らなかったのです。お嬢と若も、乳飲み子のときにコウリ様が孫だといってお連れになりました。あるいは、シンキ様のお子のまたお子さまなのかもしれません)
おばあさまはもういない。
遊んでくれた若衆も、幼心に憧れていたナンバー2も、だれもかれもいなくなった。
お墓もなかったので、実感が湧かなかった。ただ、おいていかれたような気はちょっとした。
まず思ったのは両親を捜そうということ。それが世界をまわっているうちに、最近はおばあさまを超える立派な一家をつくろうということに変わっていった。
そのまえにそろそろ自分はロノンロノンの平均寿命を迎えようとしているのだけれども、それまでに何ができるだろうか。何をするのだろうか。
昔の人は風の神様にならって旅に出た。この世で約束を果たすために旅をしてきた。
いけるところまでいってみようと思う。戻れぬ地はいつでも待っていてくれるのだから。
夜空の下、眠る双子を包み込み、フィルイリスの祭りはまだ続く。今日も明日も来年も。きっと百年後も。
おわり
040706.ありこ
|